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●ぽんぽこ10-26 コビトカバからのお悩み相談

 忍び寄る夜がコビトカバの全身をより黒々と染めはじめた。窪地くぼちを囲む小高い坂の上から伸びる長い影が水のように底に溜まり、樹々の足元を沈めていく。

「それってなんなの。深層に行ってまでお願いしたいことっていうのは」

 戦闘するのかしないのか中途半端な体勢でとどまっているオカピが、コビトカバがこだわっているらしい願い事について聞いてみることにした。

 すると、コビトカバは照れくさそうに鼻先を地面に向けて語り出す。

「実は結婚の約束をしているひとがいるんだけどさ」

「そうなの?」ボンゴが身を乗り出す。

「でも反対されてるんだ。彼女の両親に」

「へえ」ボブキャットの気の抜けた相槌あいづち

 オカピはこんな話をしている場合なのかな、と思ったが、自分がきっかけを作ってしまったようなものだし、みんなが聞く体勢になっているので口を挟むのはやめた。カワウソも止める気配はない。

「その理由が理不尽そのものなんだ。単にぼくが気に入らないのさ」

「なにかそのお相手のご両親に嫌われるようなことをしたんじゃないの?」

 ボンゴがたずねると、コビトカバはますますうつむいた。

「ぼくの仕事の話をしたせいだと思ってるけど、確証はないな」

「どんな仕事なの」

「ちょっとボンゴ。現実世界リアル詮索せんさくはよしなよ」

 オカピが止めたが、コビトカバは「いいんだ」と、視線を振った。

「資源検査官だよ。機械惑星ノモスに輸送された他星での発掘物を検査して分類するのがぼくの仕事」

「そんな仕事もあるんだ」と、ボブキャット。

「地味な仕事さ」

 目をせるコビトカバを励ますようにボンゴはもう一歩前に出る。

「大事な仕事じゃない。立派よ。機械惑星ノモスの生活を支えてる」

「支えてなんかいないよ。支えているとしたら他星まで行って採掘作業にじゅんじている穴掘り屋の連中の方だろうね。ぼくなんかでは機械惑星ノモスはもう支えられない状態だ」

「どういうことです?」いつの間にか近くに寄っていたカワウソが鼻先を上げた。

「聞いたことない? 機械惑星ノモス循環エネルギー効率低下問題に際して循環破綻はたん時期をほぼ正確に算出できる特殊計算式を第三衛星タレイアが完成させたってニュース」

「ちらっと見たことあるけど、破綻なんてずっとずっと先の話でしょ」とボンゴ。

「確かにぼくらが生きていないような未来の話。けれどぼくらの子どもにとってはもうすこし現実味のある問題として立ちはだかる。ぼくの孫の時代にはもっとはっきりしてくるに違いないよ」コビトカバは、はあ、と溜息をついて「何度かお会いしてご両親と大分親しくなった時期に、ぼくはちょっと愚痴ぐちっちゃったんだ。分類上廃棄しているゴミを有効利用すればエネルギー不足をおぎなえる可能性があることを上司に訴えて棄却ききゃくされたっていう話をね」

「彼女のご両親に仕事の愚痴なんかしたら印象最悪よ」

 ボンゴがお節介を発揮して鼻息を荒くする。

「そうだね。そのとおりだ。けど愚痴がどうこう、というより危険思想の持ち主に勘違いされたような感じだったなあ。ぼくは未来を見据えているだけなのにさ。構造の改革が必要なんだよ。新種の宇宙バクテリアを破棄せずに利用すべきだっていうのはそんなにおかしな考えかな。新たな機構が機械惑星ノモス均衡きんこうを崩すなんてのは詭弁きべんだ。もう均衡はすでにあってないようなもの。いままでの方法でうまくいっていたなんて言って過去にしか目を向けない人々が多すぎる。仕事場の連中も、彼女のご両親も。彼女には理解してもらえたのに。いまの機械惑星ノモスは過去に囚われた星なんだ。過去はもうない、ぼくらにあるのは未来だけだっていうのに。第一衛星アグライア第二衛星エウプロシュネが隠している機械惑星ノモスの星空のなかにこそ本当の未来が……」

 コビトカバのスピーカーの音声は加速をともないつつ陰鬱いんうつな響きになってきた。それをボンゴの明るい大声が押しのける。

「難しいことは分からないけど! 要するに、ご両親と仲直りしてお相手とうまくいくようにお願いしたいってことでしょ」

「まあ、そういうことになるかな」

「そんなのピュシスでお願いしても干渉できるわけなくなくなくないかい? 精神操作でもするっていうわけ?」退屈そうに聞いていたボブキャットがあくびまじりにスピーカーを震わせた。

「オイラが思うに深く考えずびとけばなんとかなるよ。コビトカバだけに。なにごとも適当がいいんだぜ。マジになってに向き合う必要ナッシング。アンタちょっと暗いよ。もっと明るく元気にいこうぜ。衛星が星を隠してるなんて妄想が目ん玉にコビりついてたら見えるもんも見えなくなっちまうよ」

「これがぼくの性分なんだ。いまさら曲げられない。それに彼女のご両親とはこれから長い付き合いになるんだから、ちゃんとしておきたいんだ」

「ぼくもボブが言うことに半分賛成だなあ」

 みんなが戦う様子もないので道草を食べていたオカピが、口をもぐもぐと動かしながら、

「だったらそれこそちゃんと話し合ったほうがいいよ。一介のゲームのクリア特典でなんとかなるようには思えないし、すべきじゃあない」

「みんな分かってないわねえ」ボンゴが鼻息を荒くする。

「相手のためになにかする姿勢が大事なのよ。行動すること自体に意味があるの。愛のために奮起ふんきしている若者が、……若者? か、どうかは知らないけど。とにかく戦ってるのよ。応援してあげなさいよ」

 コビトカバの隣に寄り添いはじめたボンゴをいさめるように、カワウソがふたりを見比べて太い尻尾をぺたりと振った。

漠然ばくぜんとした願いは悪魔に付け入る隙を見せるようなものですよ」

「悪魔?」コビトカバは眉間みけんしわを寄せる。「ピュシスは悪魔かい?」

「……言葉のあやというやつです。わたしたちは急いでいるので、これ以上はお付き合いできません。どいてくれないのなら戦いましょう」

 カワウソは仲間たちをぐるりと見回して、

「みんな、いまは群れ戦クランバトル中だってことを忘れてないよね?」

「もちろん。ぼくはこんな話してる場合じゃないってずっと思ってたよ」

 と、オカピが空に目を向けた。

「すっかり暗くなってきちゃった」

「オイラはいつでも戦えるぞ」ボブキャットが牙を鳴らす。

「ええっと……、わたしだってわすれてない。当然でしょ」

 ぎこちなくボンゴはコビトカバのそばから離れて身構える。

「こっちは元々やる気さ」

 強く言いながらコビトカバはその場にて地面をひっかく。

「戦が終わったあとにでも、恋愛相談ならいくらでも聞いてあげるから許してね」

 ボンゴがコビトカバの正面から角を構えた。ボブキャットは側面へ。オカピとオオカワウソは反対の側面へ取り囲むように展開する。

 すぐに仕留められる、とカワウソは判断していた。コビトカバが牙をいても体格、重量共に勝るボンゴが角で受ければ動きは止まる。そこを側面から総攻撃すれば相手の体力(HP)は即座にゼロ。拠点を踏んでゴールに向かおう。

 カワウソはこの戦の後半戦、未来について考えを巡らせはじめたが、コビトカバはまだ過去ではなかった。歴然とした現在。そうして現在は未来を押しつぶすべく走り出し、猛然と襲いかかってきた。

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