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●ぽんぽこ10-20 ヘビクイワシとの合流

 リカオンはオセロットを引きずって、無理やりにでも歩かせながら、洞窟内を引き返していた。

 出口を求めていた時には意識しなかったが、戻るとなると檻のなかにいるような強い閉塞感を覚える。行きには一緒だった二頭がいまはいないからかもしれない。槍のようにそびえる鍾乳石が、縦穴からこぼれる月明かりを浴びて、威嚇するみたいに輝いた。

 オジロヌーは助かるまい。それは分かっていた。オセロットも戦える状態ではない。これからどうするか。

 リカオンが頭を悩ませていると、天井の縦穴から羽音がやってきた。鼻先を上げると、白い羽衣ういの美しい鳥。

「ヘビクイワシじゃないか。もう会えないかと思ったぞ」

「それはこっちの台詞せりふ」と、優美ゆうびに降り立って、ヘビクイワシは新鮮な林檎リンゴの果実をオセロットに差し出した。

 歯ごたえのある林檎の果実をオセロットがシャクシャクとかじって「おいしい!」と、笑顔がこぼれる。

「林檎が見つかったのか」

「ええ。いま上にいますよ」

 縦穴に感覚の糸を通すようにリカオンが鼻をうごめかせると、たしかに林檎の植物族ドリュアスの匂い。

「ぷう。回復したあ」

 たねを吐き出し、口の周りの果汁をぺろりと舐めると、オセロットは肉体アバターの操作が滑らかになったのを確認するように何度か身震いして見せる。

「オジロヌーはどうしたんですか」

 たずねるヘビクイワシに状況を説明する。

 洞窟の出口を見つけたが、脱出直前に敵に襲われた。合成獣のスキルで二体の敵が合体したゾウ頭ヘビ体の怪物に追われている。オジロヌーがその足止めをしてくれているが、今頃はもうやられていると考えたほうがいい。

 いくらヘビクイワシがヘビ狩りの名手であってもあの怪物相手では荷が重い。そもそも半分はヘビではなくゾウ。ゾウ狩りは管轄外だろう。リカオンと回復したオセロット、それにヘビクイワシが加わっても、正面からだとまともな戦いにならないのは目に見えていた。

「そうだ」リカオンが縦穴を見上げる。

「ヘビクイワシ。俺たちをつかんで飛べないか」

「試してはみますけれど」

 リカオンより頭ひとつぶんほど大きな体長を持つ大型鳥のヘビクイワシ。すらりとした長い足を、せたリカオンの背中に乗せてバランスを取ると、先端部分が黒羽根におおわれた白い翼を思いきり羽ばたかせた。

 が、ちっとも浮かび上がらない。それもそのはず、鳥と哺乳類では背丈に対する重さの比率が大きく異なる。リカオンはヘビクイワシより体長では劣っていても、体重は九倍ほど。かかえて飛ぶには少々無理がある体重差。

「わたしもダメかな。副長リカオンよりもずっとスリムだよ」

 体長はリカオンと同等だが、体重はその半分ほどの、ほっそりとしたオセロットがせて、ヘビクイワシを背中に誘う。ブチ模様の背中からヒョウ柄の背中に移って、もう一度ヘビクイワシは羽ばたいた。が、やはり持ち上げることはできなかった。

「そのう。私の翼では力不足みたいです」

「重いって言わないでくれなくてありがと」

「いえ……」

「そんなことより」リカオンが割って入ると、オセロットはぴんと猫ひげを尖らせて、しっ、と息を吐いた。

「……いいか?」リカオンがおずおずと言うと、

「どうぞ」と、オセロットはぷいと横を向いた。

「考えるべきは、あの化け物を倒す必要があるかどうかだ。戦いを避けながら、俺たちがおとりになって引きつけておくという手もある」

「そもそも倒せるの?」

 オセロットの疑問に、リカオンは夜が染み込んだ洞窟内の冷えた空気を吸い込んで、大きな丸耳を前後に揺らした。

「ヘビクイワシと林檎に協力してもらえれば、もしかしたらってところかな。倒せれば俺たちは洞窟から脱出できるし、敵本拠地に向かって、戦線に加われる。けれど失敗したら俺とオセロットはやられて、ヘビクイワシと林檎をも危険にさらすことになりかねん。あのゾウだかヘビだかわからんやつが野放しになるのも問題だ。倒すのをあきらめて引きつけるなら、ヘビクイワシと林檎は先に進める。俺たちふたりは洞窟内に居残りだ。あいつと一緒に。リスクとリターンをどう見るかだな」

「やりましょう」

 ヘビクイワシはリカオンの作戦も聞かずに決断する。

 オセロットも、「あのケップーにやられっぱなしなのは、なんだかやだな」と、すぐさま話に乗ってきた。


 ゾウの匂いを感じ取る力はイヌの二倍ほど。しかも自由自在な方向に向けて、細かな場所の匂いをも嗅ぎ取ることができる。いかにも音が聞き取りやすそうな大きな耳は、あおぐことでそこに通う血管を冷まして体温調整をするのが主な役割で、聴覚とはあまり関係ない。けれど聴覚が優れているのは確か。低周波、低い音を聞き取るのが大得意。さらにゾウは足裏で振動を読み取って音を感知できるが、グローツラングの姿ではゾウの部分は頭だけなので、いまはその能力を発揮することはない。けれど、胴体になっているヘビもまた体全身で振動を感知して音を読み取る能力がある。

 グローツラングは全身をセンサーにして洞窟内を逃げる敵を追跡する。

 長い鼻と大きな耳、長大な胴体、宝石の瞳も使って、リカオンとオセロットを探す。合体前の肉体アバターと比べると、索敵能力が大幅に強化されすぎて、ケープハイラックスは情報処理にてまどっていたが、時間がつと徐々に馴染なじんでいった。

 昼間に降った雨の余韻よいんがまだ洞窟に残っている。夜になると冷え込んできて、これだけは勘弁してもらいたいところだった。頭は哺乳類だが、体は爬虫類。性質はどちらかといえば爬虫類寄りの変温。寒さは動きをにぶらせる。

 おぼろになった匂いを、かすかな手がかりにして探索を続ける。すると、縦穴のある空洞で、濃く残っている匂いを察知した。知らない匂いも混ざっている。鳥と、それから果物の匂い。果物の種が近くに吐き捨ててあった。その種の形状を見て、ケープハイラックスは戦がはじまってすぐ、本拠地に報告にきたクルマサカオウムが林檎がいると言っていたのを思い出す。

「林檎ちゃんが近くにいるみたいだ。鳥も。クルマサカオウムは猛禽類とか言ってたような。オセロットはずいぶん弱っていたみたいだったけど、たぶん回復されてるね」

 ケープハイラックスがゾウの鼻をあちこちに動かす。

「あの頭でっかちのウシにまんまと時間稼ぎされたな。深追いしない方がいいかもしれない」

 ボアコンストリクターは縦穴を通して月を探し、それが東の空からいざ天頂へと向かおうとしているのを確かめた。

「そろそろ守りを固めるべき頃合いだ。本拠地はすぐそこだしな」

「そーかも」

 グローツラングを操るふたりのプレイヤーの意見が一致しようとした時、

「後ろ!」

 ケープハイラックスがゾウの鼻で敵を見つけた。

「ケップー!」わざわざ居場所を知らせるオセロットの声が背後から響いてくる。出口方向。

「どこかで追い抜いてしまっていたのか」

「横道に隠れてたのかな」

「バックトラックってやつか」

「出口を固めないと」

 グローツラングが体をうねらせ、岩肌を鱗でこすり上げながら、来た道を戻っていく。

「呼んでるってことは戦うつもりなのかな」

「そうだろうな」

 ボアコンストリクターが言っているそばから、またオセロットの声がする。ヒョウ柄の尻尾の先が曲がり角でちらりと見えて、すぐに引っ込んだ。

「ケップー! やれるもんならやってみな!」

 相手は出口の方向に向かって移動している。獣の足は速いが、あくまで土の地面を走るのに特化した体。まだ湿気の残る洞窟内は獣の足には滑りやすく、でこぼこした岩肌を行くならヘビの体のグローツラングの移動速度は負けてはいない。

 距離を縮めるうちにオセロットと一緒に走るリカオンの姿も見えてくる。

「しかしお前、ケップーって呼ばれてんのか」

 追いつくまではまだ時間がかかりそうなので、敵を前に動き続けながら、ゲームプレイ片手の世間話。

「いいでしょ」と、ケープハイラックスはゾウ耳をぱたぱたと羽ばたかせる。

「うーん? まあボスよりはセンスあるかな」

「そうそう。ボスはさ、ぼくのことしたって言うんだよ。あだ名ですらないし、ひどくない? この群れクランではヘビ優勢なのは分かるけどさあ」

 ケープハイラックスの小さな不満に、ボアコンストリクターは尻尾を横に振った。

「ああ。あれは下っ端じゃなくて下の歯の下っ歯って呼んでるんだ」

「なにそれ。意味不明」

「お前、下の歯がカバに似てるだろ。ケープハイラックスの肉体アバターの話な」

「うん。上の歯はサイに似てるよ。骨格もね。内臓はウマっぽいけど」

「お前の体のほうがよっぽど意味不明だよ。タヌキみたいな見た目のくせしてひづめはあるし、ネズミみたいな歯をしやがって」

「正確に言うならひづめじゃなくて扁爪ひらづめだけどね」

「分かった分かった……まあ、でさ。カバはうちにいるだろ。仲間に」

「うん」

 ゾウ頭がうなずく。

「で、カバはうちの古参こさんなわけだが、カバに似た下の歯を持ってる新参のお前も、ヘビじゃないが、カバとおんなじように仲間だぞっていう意味で、下っ歯、らしい」

「うわあ」と、ケープハイラックスは妙な声を上げて「なんかちょっとジーンときちゃったのが嫌だ」と、ゾウの鼻をぷるぷるとふった。

「なんで嫌なんだよ」

「だってボスってちょっとやばいひとじゃん。そういうひとに共鳴しちゃいそうになるのはなんだかなあ」

 ケープハイラックスが言うことも分かるような気がして、ボアコンストリクターはスピーカーを黙らせた。ボスのキングコブラは時折、常軌じょうきいっしているとしか思えないようなことをする。敵をおうとすることなど、その最たるものだ。

 ピュシスでは水を飲んだり、植物の果実を食べることはあるが、肉を食うということはない。噛みついて、牙で刺したり裂いたりする攻撃は肉食動物の基本的な戦い方ではあるが、動物自体に味の設定はされていない。単に戦闘では邪魔になる感覚だからというだけかもしれないが、水や果実には味があるのに、動物にはないと、まるでそれは食べ物じゃないぞ、と訴えかけられているようでもあった。

 けれど、キングコブラはそんなことは関係ないというように敵を喰う。

 群れ戦クランバトルでは戦が終わるまで、体力(HP)が尽きたプレイヤーは死体としてフィールドに残されるが、敵の死体がのどを通る大きさならキングコブラは丸呑みにしてしまう。いわゆる死体蹴りであり、バッドマナー。だからよくキングコブラはマナーの悪いプレイヤーと認識されがち。けれどボアコンストリクターは群れクランの一員として間近でボスの行動を見ていて、その行為から香り立つ狂気的な喜びを感じざるをえなかった。食に対する異常な執着というべきか。喰うことを肯定してやまないなにかがあるようであった。

 そして、狂気は伝染する。最近、群れクランのなかで、そういった動物的? な喜び、いま求める享楽を得ようという考え方が横行している。ボアコンストリクター自身も、ふとしたときにそうした在り様にかれる自分を発見することがあって、身震いしてしまうのだった。

 戦闘中、それも敵の追跡中に突然花開いた世間話も枯れてくきごと折れてしまった頃、出口近くにまで戻ってきた。

 エントツのような縦穴の下には泉。そのかたわらにはオジロヌーの死体。泉の手前を走るリカオンとオセロット。二頭にとっては脱出できるかの瀬戸際せとぎわ。追うゾウ頭ヘビ体の怪物グローツラングは容赦ない加速でもって、象牙で風を切り裂きながら、敵を仕留めるべく、二本の尻尾に追いすがっていった。

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