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●ぽんぽこ10-18 奇妙な+1

 洞窟の奥に行くほどに空気はひんやりとして、尻尾の先が、ぞわり、と、けば立つような感覚がした。

 濡れている以外、足場はそれほど悪くない。浅いおわん型にへこんだ岩の表面に薄く溜まった水を踏み締めて、足裏を濡らしながら歩く。洞窟の入口は地下に傾斜していたが、洞窟内は比較的平らで高低差のある道はほとんどなかった。オセロットを背負ったオジロヌーが通れるぐらいの起伏と段々が続いている。上からはトラの牙にも似た、つららのような鍾乳石が垂れ下がっているが、天井が高いので頭をぶつけるおそれはなかった。

 ヘビクイワシが言っていた通りの方向に縦穴が続いている。

 リカオンは縦穴からこぼれ落ちてくる外の香りに嗅覚を研ぎ澄ませながら、耳では洞窟内の様子を探る。それから時折ふり返っては、オジロヌーと、その背中に乗せられているオセロットの様子を確認した。

 まだ昼間ということもあり、曇天どんてん模様をかして洞窟内にも光が届くが、縦穴がない道は灯火ともしびが吹き消されたような暗さ。縦穴は上だけでなく下にもある。水の流れと風の動きを耳で感じ取って、暗がりのなかに仕掛けられた落とし穴にはまらないように常に気をつけなくてはならなかった。

 うねったくつには多くの分岐点があり、方向を間違わないようにするのは一苦労。横穴を覗いては道の奥を確認し、すこし進んでは戻って別方向に行く。そんな細かい作業のくり返し。

 しかし、戦ということを忘れれば、うっとりとするぐらいに美しい風景だった。大地の神秘。地層が悠久ゆうきゅうの時を凝縮ぎょうしゅくし、芸術すらも超越ちょうえつしたむき出しの感動を与えてくれる。けれど、それを楽しんでいる余裕などなく、ただ踏破すべき道として、リカオンたちは進んでいく。

 そうして、もうどれくらい歩いたのかも分からなくなった頃。狭まった通路を、壁に角をこすりながら通り抜けたオジロヌーが感嘆かんたんの声を上げた。

「おお」

 鏡のような水面の地底湖。

「ちょっと喉をうるおすか」

 ゲーム内ではあるが、喉が渇く感覚はある。現実の肉体とは全く関係のない偽装感覚に過ぎないが、水分不足は肉体アバター機能ステータスを低下させる要因になる。それになによりピュシスの水は、現実世界ノモスの水とは一味違う満足感を与えてくれた。

 オセロットがオジロヌーの背中から下りてきて、ざらついた舌で水面を舐める。その隣ではオジロヌーが豪快に鼻先を突っ込んで、大きな波を作り出した。リカオンはふたりが休憩している間に先の道を確認しておこうと、湖のふちをぐるりと回ってみることにした。

 小さな横穴がいくつかあるが、オジロヌーの大きな体は通れそうにない。湖を渡った向こう側にも道がありそうだ。けれど、せっかく乾いてきた毛衣もういをまた濡らすのは気が引ける。

 地底湖の上部にはひとつだけ縦穴があって、明かり取りになっているが、そこから離れた場所は湖に反射した光も届かず影に沈んでいる。大空洞ではあるがたくさんの岩が転がっているせいで、物陰が多く、見通しが悪い。くしゃくしゃに丸めた紙のなかにいるようだった。

 影のなかに入って、鼻と耳で進むべき道を探す。あちこちの風穴から流れてきた緑や土、染みついたヘビの匂いが混じり合って、鼻での探索を邪魔してくる。耳を頼りにするしかなさそうだ。

 隙間から押し出された風が笛のように吹いていて、反響音で耳が痛くなる。それに耐えながら我慢強く歩き回っていると、通り抜けられそうな道を見つけた。奥をすこしだけ確かめて、リカオンは仲間の元に戻るべく、暗がりを引き返していく。

 そんな道の途中、

「わっ」

「えっ?」

「……すまん。オセロットか。こう暗いとなにも見えないからな。ぶつかるまでぜんぜん気がつかなかった。ヌーはどうした?」

「……」

「大丈夫か? ひとりでうろうろするなよ」

「……」

「ほら。いったん戻ろう。おとなしくヌーの背中を借りとけ。弱ってるのに意地を張るなよ。毛がこんなにごわごわになっちまって」

「……」

「しかし、ごわごわしすぎだな。この戦が終わったあと、毛づくろいが大変そうだ」

「……」

「あれ? お前、なんだか……」

「……!」

「この匂い、……どこかで?」

 真っ暗闇でリカオンが鼻をひくつかせた次の瞬間、

「ぎゃー!!」

 と、大音響の叫び声と共に細かな足音が慌ただしく遠ざかっていった。オセロットの足音じゃない。オセロットならもっと静かに走るはず。そして、近づいた時に鼻孔びこうが感じ取った匂い。以前に嗅いだことがある。ライオンの群れクラン副長サブリーダーとしてリカオンがピュシス会議に出席した際、その会場設営を手伝っていた動物。ケープハイラックスの匂い。

 そういえばあいつはキングコブラの群れクランの一員だったと、いまになって思い出す。ヘビにばかり気を取られていて、毛の生えた生き物は仲間だと思ってしまった。

「敵だ!」

 リカオンが仲間に呼びかけると、

「敵だ!」

 と、ケープハイラックスもわめく。

 影を抜け、地底湖のはしにいるオジロヌーとオセロットが見えた。ケープハイラックスの呼びかけに応じる者は見当たらない。敵はひとりのようだ。

「ヌー! 敵だ!」

 オジロヌーは、ばっ、と振り返って自分の胸の高さにも満たないずんぐりとしたケープハイラックスを発見すると、頭を低く構えて、角で戦う体勢をとる。

 前後を挟まれたケープハイラックスは左右に素早く首をふって、湖と岩壁を見比べると、岩壁を選んで走った。けれど、壁際でリカオンとオジロヌーに追い詰められて進退きわまる状況におちいる。戦えるほど体力(HP)がないオセロットはオジロヌーの後方、離れた位置から事態を見守っている。

 ケープハイラックスはイワダヌキ科という分類通りにタヌキに似た丸々とした褐色の体。耳は小さく丸い。威嚇いかくかれた牙は上顎うわあごの前歯二本が発達しており、ネズミなどの齧歯類のようでもあり、三角形にとがっていることから、ヘビの牙の配置にも似ていた。

 リカオンが怯むことなく前に出ると、ケープハイラックスは岩壁の方を向いて、比較的乾いてざらざらした部分を見つけると、前は四本指、後ろは三本指の足を使ってするすると登っていく。リカオンは追おうとしたが、垂直に近い壁を上ることができずに背中を痛める結果となった。

「おりてこい!」と、リカオン。

「言われておりるわけないでしょ!」ケープハイラックスが返す。

「そりゃそうだな」

 と、嘆息たんそくしながら、リカオンはこの敵のあつかいについて思案する。

 こっそり敵のふところに飛び込めればよかったが、こんなところで見つかるとは。こちらの居場所をばらされる前に、口封じしておきたいところだが、敵は岩壁上部のくぼみに腰を下ろして、てこでも動かないという態度。

「しょうがないか」

 オジロヌーと目を見合わせる。

「オセロット。行くぞ」

「ほっとくの?」

「ああ」

 小型と中型の間ぐらいの草食獣。それほど脅威ではない敵。おそらくは連絡役。こちらが前に進めば、相手は後ろを大回りして伝達するしかないはず。細かい抜け道があるかもしれないから、希望的観測ではあるが、急いで進めば敵を呼ばれる前に洞窟を抜けれるかもしれない。

 そうして尻尾を向けた三頭に、岩上からケープハイラックスが、

「ちょっとー」

 と、声をかけてきた。

「なんだ?」リカオンが見上げる。

「あのさ。道分かるの?」

「なんとなくはな」と、ちょっと見栄を張って答えておく。

「教えてちょーだい」

「……? なんだお前。迷子か」

「そうなんだよねー。この雨でしょ。急にあふれてきた鉄砲水で流されて、穴から落っこちちゃったのよ。いやあ。まいった。まいった」

「自分の縄張りで迷うなよ!」

「だってさ。こんなとこ普段は入らないんだもの。地形はちょこちょこ変わるし、出られなくなったら怖いじゃん」

「……じゃあ。俺たちと一緒にくるか? ちょうど出口を探してるところだ」

 リカオンが冗談半分で言ってみると、「いいの?」と、ケープハイラックスは岩壁のくぼみから体を乗り出した。

 くしゅん、と、くしゃみを返す。リカオン特有の同意の表明だったのだが、伝わらなかったので、スピーカーを鳴らして「いいぞ」と、答えた。

 聞いたケープハイラックスは呑気に「やったー」と、短すぎてほとんど見えない尻尾をふる。

 そんなやり取りに、オジロヌーの背中に乗ったオセロットがツンとした声をもらした。

「なに考えてるの」

「敵を見失うよりも、見える位置に置いておく方が動きがやすいだろ」

 岩壁をケープハイラックスが下りてくる。

「不意打ちでやっちゃわない」小声でオセロット。それを「まあまあ」とオジロヌーがいさめた。

「いちおう向こうのほうが地形については詳しいだろうし、洞窟を抜ける助けになるかも」

「そうかもしれないけどさ」猫ひげをふくらませた不満顔。

 言っている間にも、ケープハイラックスはなんの警戒心もなく駆け寄ってきた。あまりに隙だらけなのでオセロットは毒を抜かれた気分になる。

「実はひとりでこわかったんだよね。ぼく、暗くて狭いとこ苦手でさ」

 リカオンはあきれたように尻尾を垂らして、

「ついでだから運んでやるよ」

 と、ケープハイラックスの首元を幼獣ようじゅうを運ぶようにくわえた。

「えっ。えっ。噛まないでね」

「ああ」

「絶対に噛まないでね」

「ああ」

「聞いてる?」

「ああ」

「心配だなあ」

 と、言いつつも、楽でいいや、とケープハイラックスは揺りかごに乗ったような気分でぶらんぶらんとぶらさがった。

 奇妙な旅の道連れが増えた一行は、曲がりくねった洞窟のなかを進んでいく。縦穴からこぼれ落ちる水の流れが細くなり、光が強まってきたかと思えばあかね色に染まりはじめた。足裏もすっかり乾いた頃、夜の到来を告げる冷たい風が、四頭を導びいて洞窟内を駆け巡っていった。

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