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●ぽんぽこ10-16 二種類の組み合わせ

 ハイイロオオカミたちはすっかり逃げおおせた。クロハゲワシとライオンが合わさったグリフォンと、ブラックマンバとナイリクタイパンが合わさったアンフィスバエナが、重苦しく生い茂る熱帯雨林の樹々の隙間を通して視線を交わす。雨は降りやんでいるが、雲間から覗いていた太陽がまた頭を引っ込めて、いつまた降り出してもおかしくないような空模様であった。

消滅ロストしかねないんじゃないのか」

 ライオンのスピーカーの音声に、

「そうだ」ナイリクタイパンが答えて「でも彼女ブラックマンバと一緒に楽園(ピュシス)を追放されるならそれもいいかなって気分になったんでな」

消滅ロストがなによ。いまこの瞬間の衝動に身を任せないでどうするの。それが人生でしょ」

「ここでは蛇生だけどな」

 横からナイリクタイパンが小さく言う。

「お前らが消滅ロストしたら、群れクランの仲間や、知り合いたちが悲しむだろう。思い直せ」

「この熱帯雨林には”今”しかないの。”今”が全てなのよ」

「そうだ。過去に想いをせるやつなんていない。未来にだって」

「……俺様たちには勝てんぞ」

 ライオンが苦々しく言い渡すが、双頭のヘビは威嚇するように頭をもたげて、シャー、シャーという噴気音ふんきおんの二重奏を響かせた。

「おれたちは」「最凶タッグなんだから」

 ふたつの口から勢いよく猛毒が噴射される。グリフォンは樹々の合間をぬって飛行して、大きな図体を空中に逃れさせた。

「ありゃダメだな」

 グリフォンに取り付けられた、クロハゲワシの方のスピーカーが言う。

「頭んなかまで動物になってやがる。ゲームにハマり過ぎのピュシス中毒者だな。ほっときゃ勝手に自滅するぞ」

「自滅すると消滅ロストしてしまうだろうが」

 ライオンの言葉に、クロハゲワシは首をかしげる。

「可哀そうだとは思うが、自己責任ってやつだ。敵の面倒までは見きれん」

「いや、見る。まとめて面倒見てやろう。それぐらいのこと、百獣の王(ライオン)であれば、わけないことだ」

「でも、お前……」クロハゲワシは、本当はタヌキじゃないか、という言葉を呑み込んだ。

「やるぞ。すこし頭を冷やさせよう」

「まあ、そう言うならお前に任せるさ」

 グリフォンは黒雲渦巻く空へと舞い上がった。双頭のヘビが噴射する猛毒の放水が、巨鳥を追って空高くへと持ち上げられると、いまは乾いている黒雲に代わって、けがれた毒雨が熱帯雨林に振りまかれた。

 アンフィスバエナは体を伸ばし、森の上部から頭を突き出す。その時、強風が吹いた。毒雨が横なぎになり、双頭のヘビの胴体が毒まみれになる。首をふるってすぐに払い、空にある敵の姿を探す。またも強風。それも非常に冷たい北風。押されたヘビの体がたわんで、こんもりとした樹の上にしなだれかかる。

 ごうごうと吹き続ける風に、二匹のヘビは異常を感じ取った。熱帯雨林らしくない気候。なにが風を運んでいるのか、と、ふたつの首が空の四方のかなたを見回す。

「いた!」

 ブラックマンバの声に、ナイリクタイパンが視線を向け、舌で匂いを探る。そこでは、暗雲を背負った巨大なワシの翼が大気をかき混ぜ、渦を作って、強風を巻き起こしていた。

 おや、と二匹のヘビはその光景に違和感を覚えた。羽ばたくワシの翼。グリフォンのものに違いない。けれど、グリフォンの頭が、先程までとは似ても似つかないシルエットになっている。雄大に毛が風になびいて、まるで、それは……。

「ライオンだ!」

 ブラックマンバが驚愕きょうがくする。

 グリフォンは上半身がワシ、下半身がライオンのはず。しかし、いまはそれが逆に組み代わっている。つまり、顔はライオンは、体はワシ。

 二種類の合成獣。アンフィスバエナとウロボロスのスキルを持つ自分たちと同じく、相手もふたつ目の組み合わせをくり出してきたのだ。

「アンズー……」

 ナイリクタイパンがその怪物の名前を呼ぶ。嵐と雷の化身。神エンリルの随獣。

 アンズーが起こした嵐は強さを増して、風によってヘビの熱を奪おうとする。ヘビは変温動物。寒さにはめっぽう弱い。そのはずなのだが、アンフィスバエナはけろりとしていた。アンフィスバエナは冷気に強い。ヘビでありながら恒温動物とも言われる怪物。なので、冷たい風が吹きすさぶ状況は、それほど苦にはならなかった。

 頭を冷まさせようとしていたアンズーにとって当てが外れた形。

「いい加減にしておけ」

 地上に呼びかける。

「お前たちの毒もここまでは届かん」

 その言葉に異を唱える代わりに、アンフィスバエナが天に唾を吐くがごとくに毒の攻撃を放った。しかし、アンズーはそれを風であっさりといなす。

「聞け!」ライオンが叫ぶ。

消滅ロスト覚悟で戦うような愚かしいことはやめておけ。残される者のことを考えろ」

り言は結構!」

「同文をお返しするよ! 熱帯雨林でそんなことを悲しむやつはいないのさ!」

 空にこだまする二匹の言葉に、ライオンは眉間みけんに深いしわを寄せて、苦いものを呑み込んだようにうつむいた。

「俺様が! ……俺様が悲しい」

「なにを……」

 思わぬ言葉に、ヘビたちは攻撃の手をゆるめる。しかし、すぐに牙をき直してわめいた。

「降りてきて戦え!」

「お前が相手をしないなら、オオカミどもを追って八つ裂きにするぞ!」

 クロハゲワシは心のなかで嘆息たんそくする。りない奴らだ。確かに威張れるぐらいには強い。ユニコーンの解毒能力や、グリフォンやアンズーの飛行能力など、相性がいい能力がなければ、太刀打ちできない相手であるのは間違いない。しかし、残念ながら短慮たんりょが過ぎる。戦う相手を見極めればいいものを、手あたり次第につっかかる、ごろつき同然。けれどもライオン、もといタヌキの態度もどうにもよく分からない。優しすぎる、と言ったところか。なににこだわっているのかよく分からないが、敵に情けをかけすぎるのはこの野生の世界(ピュシス)では命取りになりかねない。

 アンフィスバエナは突き出していた頭を森に沈ませると、また車輪の形になった。空のアンズーを無視して、ハイイロオオカミを追うべく体を回転させはじめた。

「待てっ!」

 アンズーが翼を向ける。びゅっ、と風を切って、アンフィスバエナのあとを追う。

 森の緑に沿って滑空しはじめた瞬間、双頭のヘビは狙いすましたように素早くドリフト反転した。頭を分かれさせて、一方の頭で大地を叩き、その反動でもう一方の頭を上空に伸ばす。シーソーの一方が跳ね上がるがごとくに、空から近づくアンズーに頭が伸びた。たてがみと鱗が急速に接近して、けがれた毒うろを縁取る牙がきらりとひらめく。

 ライオンは迷った。けれど、クロハゲワシは迷わなかった。

 空にこごった黒雲が光を放った。避雷針のように体を伸ばしたヘビの頭を稲妻が貫き、遅れて雷鳴がとどろいた。

 焦げた体をのけぞらせて、黒い煙の糸を引きながらヘビが森へと墜落していく。アンズーのライオン頭が目を見開いて、それを見送り、すこし遅れて大地を目指した。

「なぜスキルを使った!」

 鼻先を森に向けながら、ライオンがクロハゲワシを問い詰める。雷を呼び寄せるのもアンズーの力の一端。

「むざむざやられるわけにはいかない。迷えば死ぬのは自然のことわりだ」

「そうだろう。そうだろうさ。だが……」

 納得できない様子のライオンの心を抱えて、アンズーが地面に到着すると、双頭のヘビの一端、痛手を負ったブラックマンバの頭を、ナイリクタイパンがのぞき込んでいた。

「もう一度、ウロボロスになろう」

 残りわずかな体力(HP)にしぶとくしがみついているブラックマンバが言う。ナイリクタイパンはそれに応じようとしたがスキルを発動させることはできなかった。命力(LP)を確認。いままでため込んでいた命力(LP)が底をつこうとしている。が、まだゼロではない。ブラックマンバも命力(LP)の貯蔵は同等だったはず。あと一度ぐらいなら発動は可能。なのにどうして。別のメニュー画面に切り替えて、目を疑う。

「おい。メニューを確認しろ」

 ブラックマンバも言われて自分のスキル欄をチェック。そこには、ウロボロスのスキルを示す項目が存在しなかった。

「どうなってるの?」

「どうなってるんだ?」

 アンズーが猛禽類の鉤爪で土を引っかき近づいてくる。ワシの体、ライオンの頭。風格のあるたてがみをなびかせながら、口にくわえた粘土板をかかげた。

「俺様がウロボロスのスキルを禁止した」

 二匹のヘビは何度もメニュー画面を確認し、ウロボロスのスキルの発動操作ができないか試した。しかし、どうやってもウロボロスにはなれない。信じがたい効果ではあるが、アンズーの宣言通りだとしか思えなかった。

「安心しろ。この戦が終わる頃には復活しているはずだ。今回はもう戦うな。命を大事にしろ。終わったら林檎リンゴをごちそうしてやる。俺様が直々に林檎に頼んでやる。だからそれまでは生きていろ」

 言い捨てて、アンズーは空へと飛び去った。残された二匹はアンフィスバエナのスキルも解いてしまって、もう戦う余力は残されていない。顔を見合わせ、熱帯雨林にのしかかる熱気と湿気に身を任せる。そうしていると、ライオンの言葉がどうにも耳の奥に響いてしょうがなかった。

 雲が何度か流れて、驟雨しゅううが過ぎ去ると、二匹はのろのろと体を波打たせた。

 寄り添い合って、ゆっくりといずる。向かう先は本拠地。


 空を行くアンズーがくわえていた粘土板が風にほどけるようにして消え去った。

「使っちまったな。もうこの戦では使えないぞ」

 とがめるふうでもなくクロハゲワシが言う。

 粘土板はアンズーが神エンリルから盗んだとされる天命の書板(トゥプシマティ)。事象の根源に働きかける力。その力で、相手のスキルを封じた。けれど所詮は借り物の力。アンズーは神の手で罰せられ、天命の書板(トゥプシマティ)はあるべきところへと戻る運命。一戦につき一回しか使えない切り札中の切り札であった。

「優しいことは悪いことじゃない。けれどお前はもうちょっと自分にも優しくしろ」

 クロハゲワシのスピーカーの振動を感じながら、ライオンは黙りこくる。

「俺だって」とクロハゲワシが「命、と呼べるのかは分からんが、このゲーム内の肉体アバターが大事だとは思っているよ。アカウント、と言った方がいいかな。勝手に稲妻を落としたのは、奴らの命とお前の命を天秤にかけてのことだ。それに、あの程度ではあいつの体力(HP)が尽きたりしないのも分かっていた。怒るな。言っとくが命に優劣をつけてるって話じゃない。俺のなかの優先順位の話だ。お前はこの戦に必要だ。この群れクランに」

「怒ってなどいないさ。理解してるよ」

 ライオンはやっとスピーカーを鳴らして、

「命を大事に、か」

 と、自らの言葉を思い出し、自称気味にまぶたをせた。

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