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●ぽんぽこ10-14 泥沼の攻防

 アンフィスバエナが向かってくる動物に感覚を集中させる。ウマっぽいシルエットだが、泥まみれでよくわからない。背中が盛り上がっているが、それもまた泥まみれなので、ラクダのようにコブのある体形なのか、なにかを背負っているのかも判然としない。キングコブラの群れクランに奇蹄目の動物はいない。偶蹄目ならいるが、それもカバだけなので、明らかに体形が違う。とにかく敵であることだけは確かだ。

 オオカミの遠吠えが聞こえたような気がしたが姿はない。とりあえず先制攻撃として一発、毒の弾丸を射出。しかし、泥ウマはその攻撃を背中のコブで受けると、毒におかされたという様子も見せず、平然と突っ込んできた。

 樹上にいる敵も気になる。密集したこずえを隠れみのにして移動している大型獣。身のこなしからしてネコ科。しかも、重なった葉の隙間からちらりと見えたその顔は、ライオンだった気がしてならない。敵のリーダーをここでてれば戦の勝利が大きく近づく。

 ブラックマンバとナイリクタイパンの頭はしばし視線で会話して、まずは向かってくる得体のしれない泥ウマをさっさと片付けてしまうことに決めた。

 ふたつの口が狙いを定め、猛毒を噴射。それは泥ウマの両肩に勢いよく命中する。だが、やはり毒が効いていない。よくよく見ると、命中したのは泥ウマの首に巻き付いているマフラーのようなもの。ぶつかった毒の勢いでその部分の泥ががれて、灰色のふさふさとした毛衣もういが現れた。

 泥ウマの頭の上に、もうひとつ頭が持ち上がった。立ち上がった三角形の耳、見開かれた鋭い目つきには見覚えがあった。ハイイロオオカミ。倒したはずの敵が生きている驚きと、その理由の分析とがないまぜになって頭のなかを駆け巡る。

 あの泥ウマが解毒スキルを持っているに違いない。ブラックマンバとナイリクタイパンは同時に結論に行きついた。

 しっかりと背中にしがみついているハイイロオオカミが盾になって毒を受け止め、猛毒の状態異常が付与された瞬間、解毒しているのだ。解毒が早すぎて、ダメージも通っていないようだった。迫りくるウマのひたいから泥の塊がこぼれおちた。そこには輝かんばかりの一本角。

 きまぐれに雲が散って、陽が照りはじめている。泥が渇いて固まると、泥ウマは鋳造ちゅうぞうされた銅像のようにも見えた。アンフィスバエナの鱗から湿り気が奪われて、ぱりぱりとざらついてくる。

 ウマの俊足しゅんそくで急速に接近してきた敵に、ブラックマンバの頭は牙をいた。大蛇の上顎うわあごから伸びた曲刀ような牙は十分な脅威ではあったが、猛毒に比べればそれほど怖ろしい武器ではない。ヘビの牙は毒を注入したり、獲物を刺して呑み込むためには使えるが、裂いたり千切ちぎったりといった風にして致命傷を与えるには細すぎる。

 ユニコーンの角が袈裟懸けさがけに振り下ろされると、一刀のもとにブラックマンバの牙が折られた。しかし、牙を失っても闘志はおとろえず、喉奥から毒が噴射される。ハイイロオオカミが体を張って防いで、身代わりになって受ける。付与された毒はユニコーンのスキルですぐさま解毒。別の角度からナイリクタイパンの頭も毒を吐き出す。ハイイロオオカミは尻尾を伸ばして、それを払う。また解毒。

 振り下ろされていたユニコーンの角が今度は斬り上げられた。狙うはブラックマンバの首元。しかし、角の切っ先は鱗にそらされてしまう。ユニコーンの属性はシマウマと同じく草食。アンフィスバエナは肉食。相性不利によりダメージは軽減され、怪物蛇の体には傷ひとつつかない。だが、続いて向けられたハイイロオオカミの牙はそうもいかなかった。アッパーカットの角度でブラックマンバの下顎したあごに獰猛な大口がかぶりつく。

 ナイリクタイパンの頭がそれをただ見ているわけはない。助けに向かいながら、毒を発射する。しかし、ユニコーンはヘビをくわえたハイイロオオカミを乗せたまま位置を変えて、ブラックマンバの方の胴体を、毒を防ぐ壁として使ってきた。

 灰色の獣の牙が双頭のヘビの体力(HP)を削り取っていく。さらなるダメージを与えるべく、フェンリルのスキルを使って攻撃力を上げようかと考えていたハイイロオオカミの元に、その必要はないと言うように樹上から助力が降ってきた。

 ――ライオン!?

 かと思って目を丸くしたが、それは似て非なる動物。そもそもたてがみがなく、体格もライオンに比べて小さい。アメリカライオンとも呼ばれるネコ科のピューマ。メスライオンにそっくりな風貌ふうぼう

 ピューマがのたくるヘビの背後から首元に牙を突き立てる。その咬合力こうごうりょくはオオカミに一歩ゆずるぐらいの強さだが、乾いた鱗に何度も噛みつくことで、がっしりとあごで敵をつかまえた。

 体力(HP)が減少していくのに耐えかねてアンフィスバエナはウロボロスの形態へと切り替える。ロープの一端が引っ張られるようにヘビの体はハイイロオオカミとピューマの牙からだっし、コイルのようにするりと巻かれてお互いの尾をくわえた巨大な円環に。アンフィスバエナと同等の体長のウロボロスは、三頭を取り囲む真円のリングとなった。

「なんだこれ!?」

 ピューマが目をぱちくりさせると、ユニコーンが解毒しながら、

「ウロボロスだってさ。すごい回復能力があるらしい」

 と、教える。その言葉が終わるかどうかという頃には、既に無傷のアンフィスバエナが頭をもたげていた。


 それは泥沼の攻防であった。アンフィスバエナの毒攻撃はハイイロオオカミとピューマの肉体アバターが壁になって防ぎ、毒の状態異常はすぐにユニコーンが治療する。

 三頭の連係によって、攻撃が無効化されているアンフィスバエナはなすすべもなく狩られる。が、ウロボロス形態となって復活し、すぐに再戦がはじまる。

 無限の毒と無限の解毒。ヘビは討たれよみがえる。何度も何度もくり返される。

 また倒され、ウロボロスの形態で三頭を取り囲んでくるくると回りながらブラックマンバとナイリクタイパンは考える。

 こちらの決定打である毒が効かない。とはいえ相手にウロボロスの回復を止める手段はない。

 決して負けず、勝ちもしない勝負。けれどこの戦いにも終端しゅうたんはある。追い詰められているのはこちら(ヘビ)

 神聖スキルは発動と維持に命力(LP)を消費する。スキルによって消費量はまちまちだが、発動コストが維持コストに比べてはるかに多いということは共通している。電気製品の消費電力と同じく、起動時に最もエネルギーが必要になるのだ。相手はユニコーンのスキルを使い続けてその維持コストを支払っているが、こちらはアンフィスバエナとウロボロスのスキルを交互に使って、その発動コストを支払うはめになっている。

 命力(LP)が尽きるのはこっちが先。命力(LP)が尽きればキャラクターが消滅ロストして、ピュシスがプレイできなくなるという重すぎるペナルティ。とんだチキンレースの様相をていしてきた。

 こっちが根を上げるのを待っている。ヘビたちはそんな相手の無言の圧力を感じ取った。むくむくと反発心が湧き上がる。

 このふたりも、ハイイロオオカミと同じく、生粋の負けず嫌いだった。


 ウロボロス形態のまま、ヘビたちが動きを止めた。

 ユニコーン、その背に乗ったハイイロオオカミ、そしてピューマの三頭は、周囲で円を描くヘビたちの次の一手を注視する。しかし、それぞれの尾っぽをくわえたヘビの頭は、横目に獣たちの様子をうかがってくるだけで、アンフィスバエナになる気配はなかった。

「諦めたのか? まいった、って言えば見逃してやるぞ」

 ハイイロオオカミの言葉に、無言の眼差しが返ってくる。

「どうしようか」

 ユニコーンが片方の目で油断なく敵を見ながら、もう一方の目で背中のハイイロオオカミに視線を投げかけた。

 ――戦意喪失か?

 ウロボロス形態のヘビたちを倒す手段はない。相手が勝負を下りるというなら、こちらとしては放っておくしかない。

「俺たちの勝ちだ。それでいいんだな。そのままぐるぐる回ってるんなら、そういうことだって解釈するぞ」

「あんまり挑発するのは感心しないな」ユニコーンが背中を揺らすと、ハイイロオオカミは首を振って、

「いいや。はっきりさせとかないと気が済まん。おい。黙ってないでなんとか言えよ」

 しつこくつっかかってみるが、敵からの応答はない。

「なにをむきになってるんだか」

 ピューマが肩をすくめて、ヘビの胴に近づいていく。

「もういいんじゃない? こいつらも相当消耗してるはずだし、スキルの相性差的に勝てないのは自覚したでしょ。先に進もう。たぶん追ってはこないよ。追ってくるならただの馬鹿だ」

 ハイイロオオカミは口を尖らせたが、またがっているユニコーンが歩き出すのを止めはしなかった。

 ピューマがウロボロスの胴を飛び越えて輪の外へ出る。ユニコーンが追いかけようと、ひづめで土をしたたらせ、つやめく鱗をまたぐべく、筋肉にわずかな緊張を秘めさせながら力強く躍動やくどうした。

 その瞬間であった。突然、ヘビの体がむくりと持ち上がった。

 太いつるのようにしなった鱗が目の前をふさぐ。ユニコーンはのけぞりながら身を守ろうと反射的に角を突き出した。すると、ウロボロスはあろうことか柔らかい蛇腹を差し出してきたではないか。敵が自らが刺されにきたのだ。ヘビの腹はユニコーンの角で容易に刺し貫かれ、その切っ先が背中から突き出た。

 角が貫通しているにも関わらず、ウロボロスはいささかも弱った様子はない。ダメージがまったくないわけではないが、減少した体力(HP)は即座に回復されているので無傷と変わらない。

 それからは一瞬の出来事であった。全身が筋肉であるヘビの体が、角をつかまえたまま身をよじる。すると、ユニコーンの首は引っ張られて、首投げを受けたように転がされた。背中に乗っていたハイイロオオカミは地面に放り出されてしまう。

 ウロボロスは角を抜くと体をひねり、無限を示す記号と同じ形になった。そうして、ふたつの輪っかの一方をカウボーイが放つ投げ縄のようにユニコーンの首に引っかけて、ぎゅう、と輪っかを引きしぼった。

 巻き付かれる、という寸前、ハイイロオオカミが地を蹴った。ぎりぎりのところで体を隙間にねじ込み、ユニコーンがめ殺されるのを阻止。だが、終わりのない体を持つウロボロスの巻き付きは、決して解けないかせとなって二頭を丸ごと捕まえたのだった。

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