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●ぽんぽこ10-10 ツチノコ狩り

 ボブキャットを追っていたツチノコであったが、敵を樹上に逃がしてしまった。

 ボブキャットはネコ科ならではの柔軟性で、枝から枝を身軽な動作で渡っていく。ツチノコは折りたたんだ体をバネにして高く跳躍するが、びん型をした不安定な体つきでは、ネコのように樹の上を進むことはできない。いずりながら、高い場所にいる敵に牙を届かせようとジャンプをくり返すが、密集して複雑に枝を絡ませている樹々にはばまれてしまう。

 樹の上のボブキャット。根を辿たどるツチノコ。追って追われて進んでいると、川に行き当たった。丸太三本分ぐらいの川幅は広くも狭くもないといったところ。雨で泥が流入して、濁り切った川面を、子どもが投げたゆるいボールぐらいの速さで茶色い落ち葉が流されていく。

 ボブキャットは川をまたいで伸びる枝を伝って向こう側へ。ツチノコはそれを追うべく、体をちぢめて力を溜めると、大ジャンプを行った。

 てらてらと泥めいた川の表面に、薄茶と黒の縞模様をしたツチノコの姿が映る。瓶のような太い胴。三角形の頭。雨粒を砕きながら、川の上を矢のように飛んでいく。

 川のなか程。あごを上げて、向こう岸に着地する体勢をとろうとした、その時。腹の下にある己の虚像が揺らめいて、丸い波紋に引き裂かれた。

 現れたのは濡れた鼻先。続いて、ぎょろりとした瞳と小さな耳。なだらかなでつややかな毛並みがぬるりと飛び出る。

 ツチノコは敵の強襲きょうしゅうに身をよじったがのがれられず、水中に引きづり込まれた。中型犬ほどの大きさの獣影が水のなかでゆらぐ。泡の向こうに見えたのはカワウソ。しかも、それはオオカワウソだった。

 非常に危険な状況であるのをツチノコは自覚する。オオカワウソは川のオオカミとも呼ばれる淡水の暴れん坊。集団であればワニですら狩るという獰猛さと、それを可能とする強力な牙とあごを持っている。

 ツチノコの判断は早かった。スキルを解くと同時に体をのたくらせる。ツチノコの太い胴が、スキルを解いて元のヘビの姿に戻ったことで細まって、カワウソの口からこぼれ落ちるのに成功。外から見た時には泥で水中の様子をうかがい知ることはできなかったが、運よく川底は浅く、底を移動して岸からい出ることができた。長い体にまとわりついた泥が雨で洗われると、毒蛇コモンデスアダーの薄褐色の鱗があらわになる。

 デスアダーはにょろりと体を動かして、木陰の草むらに身を隠す。そうして、雨が降りしきる川へと三角形の頭を向けて、縦長の瞳孔どうこうをぎょろぎょろと動かした。

 ざあ、ざあ、と雨が降り、叩き落とされた木の葉が目の前の水溜まりに沈む。カワウソは見当たらない。追ってもこない。川のなかで待ち受けているのだろうか。

 川岸の地面に刻まれた瓶を引きずったような跡をデスアダーは見つけた。ジャンプした方の岸に戻ってきてしまったらしい。ボブキャットは向こう岸。思わぬ横やりが入って、逃げられてしまった。

 川の流れが揺らいだ気がした。デスアダーはいつでも攻撃ができるように構える。ツチノコのスキルは使わない。ツチノコの姿になればボヨヨンと跳ねて、離れた位置を攻撃できるが、インファイトにおいてはデスアダーの肉体アバターままの方が圧倒的に強い。

 デスアダーは最速の攻撃速度を持つヘビ。その攻撃はまさしくまばたきする間に完了する。牙を突き立て、毒を注入し、元の姿勢に戻る、という一連の動作が、ぱちりとまぶたが合わさって、開いた時には終わっている。所有する毒は他のコブラ科のご多分に漏れず、凶悪な神経毒。

 川にはまったく動きがなかった。相変わらずの泥色で、水中がどうなっているのかは分からない。しかし、いくら水辺を棲みかとするカワウソでも、ずっと潜り続けているなんてことは不可能。攻略側の目的である拠点を探して、もう別の場所に泳いでいったに違いない。

 見失ったボブキャットを追うべきかと、対岸に生い茂る低木を見ながら考えていると、がさがさと枝が揺れて、葉のあいだから当の本人が顔を出した。

 ――戻ってきたのか。

 ボブキャットと視線がかち合う。相手はずぶぬれの体をぶるっと振って、

「おーい。こっちに敵がいるぞ! ツチノコはデスアダーだったんだ!」

 と、デスアダーがいる方の岸に向かって呼びかけた。

 ――誰に言ってるんだ?

 振り返るが、見える限りの場所にはなにもいない。ボブキャットと一緒にいたシロサイたちは、いまは夜刀神やとのかみに捕まっているはず。

 羽音。川の上にミナミジサイチョウの影が見えた。いつの間にか飛んできていたらしい。

「ここに敵がいるぞ!」

 ミナミジサイチョウも叫ぶ。鳥がデスアダーの頭上を越えてこずえに消えた次の瞬間、キリンの首がにょっきりと現れた。「デスアダーだ」と、言ってキリンの首が引っ込むと、今度はシロサイがやぶをかき分けて迫ってきた。

 ――夜刀神アオダイショウはなにやってるんだ。まさかとは思うが、すぐにやられてしまったのか。ホヤウカムイ(マムシ)もいたはずなのに、ふがいない。

 デスアダーはスキルを使って再びツチノコの姿に変貌へんぼう。蛇腹に体を折り曲げて、びょーん、と力強く跳ねた。硬いシロサイは無視してその後方へ。狙いはキリン。

 キリンの首が見えたあたりの樹の根本に着地。しかしキリンはいない。どこにいった、と探すが、周囲にはシロサイ以外の気配はなかった。シロサイの大きな体が反転して、ぐうう、と猛々しくいななくと、ツチノコに向けて分厚い足が踏み出される。泥の地面にひづめが沈み、巨大な角が雨水をはじく。シロサイの皮膚は分厚すぎて毒牙が十分に刺さらない。相手にするだけ無駄。不要な手出しをしている間に、空にいるはずのミナミジサイチョウに襲われても困る。

 もう一度跳ねて川岸に戻る。振り返るとシロサイはいない。なんだか奇妙な状況だった。羽音が向こう岸の森に消えた。すると川にまたがる樹の枝にボブキャットが現れた。

「オイラも加勢するぞ!」

 勇ましく言って踏み出したはいいが、足をつるりと滑らせて情けなく川に落下。

「うわっ」

 泥混ざりの川水が飛び散る。ばたばたと暴れる前足が水面を引っかく。ボブキャットはあわてふためきながらも、なんとか泳いで、こちらの岸まで戻ってこようとしている。

 ただでさえ多勢に無勢。合流させるわけにはいかない。ツチノコは水辺に向かって跳ねて、自らを射出する体勢をとった。

 川のなか程にボブキャット。水が染み込んだ毛衣もういが拘束衣のようにべったりと体にはりつき、身動きがとりづらそうに水と格闘している。仕留めそこないようがない状態。

 ツチノコは、ネコの鼻先に向かって大ジャンプした。

 毒牙をかすめさせて、神経毒を流し込むだけでいい。それだけで水中にいる獲物は溺れて、勝手に体力(HP)がゼロになるだろう。

 牙が届こうかという直前、ネコの頭が沈んだ。避けようとした、というより、川に呑まれたという感じ。毒なしで溺れてくれるならそれでもいい。なら、いったん向こう岸に渡ることにしよう、と体を伸ばしたその時、水中から牙が襲いかかってきた。

 ボブキャットではない。カワウソ。まだいたのか、とツチノコは驚く。到底、息が続くとは思えない時間隠れ続けていた。仮想世界とはいえ、息を止め続けるなんてことはできない。肉体アバターごとに設定された限界時間を越えると体力がゼロになるようになっている。

 すぐにスキルを解いて体を細くする。だが二度目は通じなかった、がっしりとくわえられて水中へ。首を曲げて反撃しようとあがいたが、川の流れが激しく、姿勢制御がうまくいかない。泥がまとわりついてきて、視界もつぶれている。水かきを持つオオカワウソはこんな流れのなかでも平気なようで、デスアダーはただひたすらに引っ張りまわされた。

 息苦しい。ゲーム内に痛覚や苦痛は設定されていないが、胸が圧迫されるような不快感。リミットが近いのが分かる。

 大きな泡のかたまりが、口からごぼりとこぼれて浮き上がっていった。


 体力(HP)が尽きたデスアダーの体が川に乗って流されていく。カワウソは岸に上がって、その行く先をしばし眺めた。

 周囲にはボブキャットも、シロサイも、キリンも、ミナミジサイチョウもいない。カワウソ一頭だけ。

 カワウソは思い出したように空を見上げた。雨が少し弱まって、雲間から太陽がのぞいている。その方角から自分の位置を確認。

「ん?」

 ふと、尻尾の異常に気づいて首をかしげる。

 体に比べて尻尾の毛が水を吸って重たくなっている。しかも、その尻尾は丸っこくて、短く、黒い線模様があった。カワウソではなくボブキャットの尻尾。

 ――急いでたから間違えたか。

 あたりを見回して、草むらに身を隠す。どろん、と一度変身を解いてキツネの姿に。ふう、と一息ついてから、またカワウソにけなおす。今度こそ完璧。

 草むらから出ると、弱っていた雨がまた強まってきた。移り気な天気に眉をひそめる。川を見ると、勢いが増していて、どうにも泳ぎづらそうだった。

 すこし悩んで、陸路へと足を向ける。平たい頭をくりくりと動かして、優れた嗅覚を持つ鼻であちこちを探る。すると、泥道に肉球の足跡を見つけた。ボブキャットが通ったらしい。

「ふむ」

 と、鼻息を鳴らして、カワウソはそれを辿たどることにした。水かきの足跡を残しながら、ぺた、ぺた、ぺた、と走っていく。

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