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●ぽんぽこ10-6 グリフォンができるまで

 ピュシス会議からの帰り道。

 タヌキは半信半疑どころかそんなことは無理だろうと頭から決めてかかっていた。けれど、リカオンは試してみようと強くすすめてきた。

「スキルが発動できるかどうかの判定については色々と可能性があるが、複数の要素が絡んでくると、ゲームシステムっては案外簡単にボタンをかけ違えてしまうもんなんだ」

 デバッガ―のような物言いで、タヌキがけた時に変化するパラメーターと変化しないパラメーターについてや、合成獣のスキル発動に必要と思われる要素についての推測などを話して聞かせると、

「だからさ。あとはお前が条件を満たしたライオンになればいいんだ」

「条件って?」

「ホルスタインに聞いた話だとイヌワシとペルシュロンがヒッポグリフの合成獣になるスキルが使えるようになったのは、ふたりが一緒に戦うようになって、しばらくしてから突然だったらしい。だから、プレイヤー同士が一定範囲内で一緒に過ごした時間が規定量に達した時点で解禁されたんじゃないか、ってホルスタインは考えてた」

 会議終わりで疲れていたタヌキは、オポッサムにけた姿でリカオンの背中に乗せてもらって、べったりと身を任せながら、つぶれた声を出した。

「よくそんなこと教えてもらえたね」

「あのひとは世間話とかそういうのが大好きなんだよ」リカオンは言いながら笑って「それに温厚なひとだから、このゲームで争い合おうって気が毛頭ないんだろうな。戦で起きたこととかも気兼きがねなく教えてくれる。合成獣であるヒッポグリフの詳細がワタリガラスのスキルでは分からなかったみたいだ、ってこととか。あのひとみたいなプレイヤーばっかりだったら、ピュシスはどんだけ平和かって思うよ」

「ふうん」

 と、スピーカーを鳴らすと同時に鼻息を吹く。すると、ブチ模様をしたリカオンの背中の毛がふわふわと揺れた。

「ライオンとワシの合成獣を、地球のデータを閲覧していた時に見かけたことがある。うちの群れクランにはクロハゲワシっていうワシがいることだから、これからできるかぎり一緒にいるようにすれば、トーナメントの日までにスキルが使えるようになるかもしれない」


 タヌキは悩んだ。悩んだが、リカオンの提案を受け入れた。

 ふたりはクロハゲワシのところに行って、合成獣についての説明をした。もちろんタヌキはライオンにけた姿。

「なに言ってるんだ?」

 というのが話を聞いたクロハゲワシの第一声。

「前まで使えてただろ。使ったことはなかったがメニュー画面には表示されてた。使わん、ってリーダーが言うから発動させたことはないが。そもそも、なんでいまは使えない? 会議の時にリーダーの背中を借りたが、その時に表示されてなかったのがずっと気になってて、聞こうと思ってたんだ」

「……あぁ。えっーと」

 リカオンが言い淀む。

 タヌキは取りつくろえないかと考えるが、どれもこれも上滑りする言葉ばかり。疑惑を深めることになるのが関の山。

 ついに観念。来る前、リカオンにクロハゲワシにぐらいは正体を話すつもりでいろ、と言われていたので、それなりの覚悟はできていた。

 詳細ははぶいた説明。怒られるとばかり思っていたタヌキは恐縮してまん丸な体を、ひと回り小さな丸にした。タヌキがライオンの代行をつとめていることを知らされても、クロハゲワシは怒ったりしなかった。そういえばリカオンもそうだった。それはタヌキにとって不思議でしょうがないことだった。

「納得できたよ」

 クロハゲワシが言って、

「王の代わりは大変だろう」

 と、気遣いの言葉を投げかけてきた。心がざわめいて、落ち着かない気分。

 クロハゲワシとログイン時間を合わせて、ライオンにけた状態で共に過ごしていると、合成獣のスキルが手に入った。ホルスタインの推測通り、経過時間が解禁条件だったのかは不明だが、思っていたよりあっさり手に入って拍子抜け。

 クロハゲワシはいわゆる気のいいやつ。こざっぱりした性格をしていて、付き合ううちにタヌキがライオンに化けていたことを本当に気にしていないのだということが分かった。友達、になれた。ブチハイエナや、リカオンのように。

 スキルが使えるようになれば、次は操作の練習。相棒となったクロハゲワシと肉体アバターを共有する。面白い感覚。操作の取り合いではなく、分担して動かすような具合。

 ――キツネはどうしているだろう。

 そんな日々のなか、ふと考えずにはいられなかった。キツネを忘れたことはない。この群れクランが心地いい場所に変わっていく。認められた気になってしまう。ブチハイエナ、リカオン、クロハゲワシ。友達。一方的に友達だと思っている。他のひとたちは騙しているまま。友達だと思っているクロハゲワシにもライオンは消滅ロストではなく、理由があって休んでいるだけ、と嘘をついている。

 ――君はいまどこにいるの。

 心のなかのキツネに呼びかけてみる。相変わらずけ続けているのかい。こっちもそうだよ。でも時々化けなくてもいいか、と思ってしまったりもしている。そんなわけないのにね。ほんとうにまっさらな気持ちで触れ合えたのは、やっぱり君だけだったと実感して、とても寂しくなる。今に対しても、過去に対しても、未来に対しても。

 練習を重ねてふたりでひとつの肉体アバターをうまく動かせるようになった。

 けるスキルでは、ライオンの姿形は真似まねれても能力値ステータスは貧弱なタヌキのものがえ置きだったのが、合成獣になれば違った。スキルを使って合体している間は、タヌキや、クロハゲワシの能力は参照されず、合成獣の肉体アバターの全く新しい能力値ステータスに上書きされた。裏技を使っている気分。

 戦力になりたいというのは以前から切望していたこと。タヌキは嬉しかった。これで、群れクランのみんなを本当の意味で守れる。

 本物のライオンみたいに。


 ライオンはここにいたのか、と、ワタリガラスが目を丸くしている間に、グリフォンは鉄条網てつじょうもうのように折り重なった枝葉をへし折って、空から森へと強引に体をねじ込んだ。

「どうもライオンさん」距離を取りながら声をかける。

「はるばるサバンナから熱帯雨林にようこそ。あいさつが遅れましたね」

「おう。ワタリガラス」「俺にはあいさつなしかい?」

 ふたつのスピーカーが同時に喋る。

「これは失礼。きんきらきんのお翼に、ずいぶんととんがった耳をお持ちだが、もうおひとりはクロハゲワシさんでよろしいのかな。会議の時はお世話になりました。ふたりがかりでコアラやナマケモノを運ぶのは大変でしたねえ。ああ、それにしても立派なお姿だ。ハゲワシのグリフォンだなんてなかなか珍しいんじゃないですか」

 短い距離を跳ねるように羽ばたいて、太い幹の裏側に体を隠す。

「真剣勝負の真っ最中によくそれだけ口がまわるもんだ」

 ハゲワシが言って、太い前肢ぜんしの猛禽類の爪で、敵が隠れた幹を鷲掴わしづかみにした。つかんだまま鉄棒で回転するように裏へと回り込む。しかし、そこにワタリガラスの姿はない。

 ワタリガラスは、そろり、そろり、と漆黒の体を草むらの影にまぎれ込ませていた。グリフォンの首が機敏きびんに動いて、第四の色が見える鳥の眼がすぐに獲物を見つけると、強靭きょうじんなライオンの後肢こうしで地を蹴って、襲いかかった。

 穴にでも潜り込みたい気持ちになりながら、ワタリガラスは翼を持っているのを忘れてしまったかのように狭いやぶのなかに体を押し込む。

「見逃してくれませんか。わたしはこの通り無力なカラス。ただの連絡役。この熱帯雨林にはヘビだけでなく、鳥も豊富なんですよ。わたし一羽ぐらいやられたところで、こちらにとって大した痛手でもありません。スズメの涙。カラスの涙ですよ。わたしにかかずらう時間があるなら、急いで先に進まれた方がよろしいのでは?」

「そういうわけにもいかん。お前はただの連絡役じゃないだろう」

 別に隠してはいないフギンとムニンの神聖スキルのことがよほど気になるらしい。マレーバクにも警戒されていた。とんだところで有名プレイヤーになった気分。特に嬉しくもない。

 まばゆく輝く黄金色のグリフォンのくちばしが、やぶをかき分け、低木の細っちょろい枝葉にひそむ黒い鳥を探る。

 おおう葉がいくつか取り去られると、きらり、と光るガラス玉。ワタリガラスの瞳が木漏れ日を反射したのだ。そこを目指してグリフォンが前のめりに草をかき分ける。もう爪が届こうかという距離。鳥の巣のような行き止まりで、翼を縮めるワタリガラスに逃げ場はない。

 獰猛どうもうなくちばしが迫る。黄金が漆黒を貫ぬかんとするその瞬間、閃光弾が炸裂したかのようなまばゆい光が、やぶの奥を日の出よりも明るく染め上げた。

 悲鳴にならない悲鳴を上げて、グリフォンが大きくのけぞる。前方で翼がひるがえる音がした。焦げつきそうな熱風が小さく渦を巻く。目を固く閉じたまま無我夢中で前肢を振り回すが、獲物をとらえることはできず、熱は一瞬で過ぎ去っていった。

「さようならライオンさん。クロハゲワシさん。わたしはこのあたりで失礼しますよ」

 飄々ひょうひょうとした声と羽音が遠ざかっていく。グリフォンのまぶたの裏に残ったのは、三本足のカラスの影。

「……逃げられたか」

 チカチカする頭を振って、くちばしを縦にしたり横にしたりすると、薄目を開けてゆっくりと目を慣らす。

「奥の手があったらしい。別の神聖スキルを使われたようだ」

「使わせたのならいいさ。次からはそなえられる」

「どうするライオン。追うか?」

「いや。必要ない。このまま近くの拠点へ向かおう。仲間も拠点を目指しているはず。合流できるかもしれない」

「分かった。そうしよう」

 二人羽織か腹話術、はたから見れば独り言といった会話がなされる。グリフォンは頭の芯に響くような閃光を振り払うと、肉食動物の体を猛禽類の翼で浮かせて、どろどろとくもった空へと舞い上がっていった。

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