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●ぽんぽこ10-4 ピュートーン戦のはじまりとおわり

 ヘビクイワシが報告するまでもなく、その強大な敵はライオンたちがいる場所からはっきりと見えた。森の天井を突き破る巨大ヘビ。暗緑の体に黒い網目模様。

 進攻していた草食動物たちも一旦退いてライオンの元へと集まってくる。

「あれは……アミメニシキヘビか」リカオンが言うと、紀州犬が「パイソン(アミメニシキヘビ)ってことはピュートーンかな」と、声をもらした。

「へい。紀州犬。ピュートーンってのはどんな怪物なんだい?」

 ボブキャットがたずねる。ボブキャットは中型犬である紀州犬と同じぐらいの背丈。薄いヒョウ柄のふっさりとした黄灰色の毛並み。ピンととんがった耳の先には黒い飾り毛。尻尾は短く太い。

「どんな、って言われても、神託所の守護者で、その建物に巻き付けるぐらいに大きいってことしか知らないな」

「でっかい怪物だってのは見て分かるさ。いかにも野蛮でヤバそうだ」

 ブチハイエナが、ライオンの湿ったたてがみを見上げて決断をゆだねる。

「どういたしましょう?」

 事前に相談していたところでは一点突破に障害があった場合、数で押しつぶして撃破するか、無視して振り切る。しかし、これほどまでに大きすぎる障害は想定されていなかった。

 大河が形を成して動き出したかのような巨大ヘビ。とぐろを巻けば小山ほどはあろうかという大きさ。そんな怪物に果敢かかんにも挑みかかる灰色の獣にライオンが気がついた。力強く跳躍ちょうやくしてフェンリルが大蛇の喉元のどもとに噛みつく。そこまではよかったが、対格差があり過ぎて、大木にへばりついたトカゲといった格好。

 ピュートーンが身じろぎをする。王と大蛇の視線がぴたりと合う。大気がうねり、植物たちにまとわりついた湿気の露が水飛沫となって飛び散った。横倒しになった樹々が線路を形成し、その上をすべるように大蛇がい寄ってくる。

「迎撃する!」

 ライオンが宣言する。一点突破。作戦に変更なし。いかな巨大なヘビと言えど、口も体もひとつしかない。全員でかかれば倒せる。

「草食は下がっていろ! シマウマは林檎の後ろまで退け! 肉食は包囲するように散れ!」

 皆が一斉に動いた。

 森のなかを突っ切ろうとした肉食動物を狙って、毒蛇カーペットバイパーがやぶから飛び出す。ピューマが飛び退き、ヘビクイワシが蹴りを放つ。カーペットバイパーは木の根が絡む細い隙間に身を隠して、ノコギリヘビの異名通り、のこくような威嚇音で道をはばんだ。

 別の場所では木登りをして枝を渡っていたボブキャットが、絡まっていた明緑のつるを踏みつけた。妙な感覚に視線を向ける。キラリと輝く頭に対して非常に大きな瞳。蔓だと思ったそれは毒蛇ブームスラング。

「うわお」大げさに驚いた拍子に足を滑らせる。怪我の功名、間一髪で毒牙をけたが、そのまま背中から地面に落っこちて、ひっくり返ったカエルのような情けない姿勢で固まった。

「どうしたボブ!」

 紀州犬が駆け寄る。ボブキャットは怖気おぞけった様子で声を細くして、

「なんてこったい。ヘビを踏んじまったよ!」

「そりゃ。そんなこともあるだろうよ。ここは熱帯雨林なんだぞ」

 樹上で噴気音ふんきおんを上げるブームスラングを、紀州犬は牙をいて牽制けんせいしながら、尻でぐいぐいとボブキャットを押して立ち上がらせる。

「長くてひょろひょろしたものは苦手なんだよ」

 弱気な声を出しながらボブキャットは尻尾を持ち上げて、

「それでオイラの尻尾は短いのさ」

「冗談言ってる場合かよ!」紀州犬が吠えると、ボブキャットは大仰おおぎょうに肩をすくめて「おっしゃる通りだ」と、樹上のブームスラングを捨て置いて、ピュートーンへの攻撃に加わるべく足を早めた。

 フェンリルはといえばピュートーンに引っかかった一本のトゲとなって、どうにかこの大蛇を止められないかと力の限りあごを引き絞っていた。徐々に肉に深く牙が食い込み、確実にダメージを加えているはず。けれどピュートーンはそんな攻撃を気にもとめない。

 ピュートーンは敵が周囲に散ったのを知りながら、あくまで一団の中央にいるライオンの元を目指していた。ライオンは動かず待ち受ける。ライオンの背後には退いた草食動物たちが集結している。そしてなにより逃げることができない植物族ドリュアスの林檎がいる。王としての威厳をたずえ、足を泥道の奥深くに押し込んで踏ん張った。

 背に止まったクロハゲワシはいつでも動けるように、何度か濃茶色の羽衣ういをひるがえすと、ライオンの体長よりも大きく両翼を広げる。ブチハイエナはライオンより一歩前に出て、いつでも神聖スキルを使えるように構えをとった。

 側面を取るのに成功した肉食獣たちが次々と牙や爪を突き立てる。ピューマが躍りかかって薄皮を剥ぎ取り、オセロットが鱗を引き裂いた。裂けた肉から出血のエフェクト。ピュートーンの体には、軽い裂傷の状態異常がいくつも付与されていく。しかし、そんな状況でも、大蛇の歩みが止まることはなかった。

「……なにか、おかしいですね」

 迫りくる大蛇の振動を全身で感じながらブチハイエナがこぼした。

「そいつは、なにか狙っているぞ!」

 ライオンがフェンリルに大声で呼びかける。

「そんなことは分かってる!」

 牙を食い込ませ続けながらフェンリルがスピーカーをうならせた。あまりにも相手の行動が単純すぎる。かくも巨大な体であろうと、魔獣のあぎとによる攻撃が効いていないわけがないのに、それを振り払おうともせず、甘んじて牙を受け入れている。

「この状況だと、とにかくやるしかない!」

 フェンリルが叫ぶ。泥土のなかを引きずられながらも、喉元にかじりついた牙は決して外さない。(HP)を確実にいでいく。

 ライオンの群れクランの全員がピュートーンの変調に気がついた。失血の状態異常が積み重なって、みるみる動きがにぶくなる。そのうち人が歩くよりもずっとずっと遅い速度にまで減衰げんすいし、それでもなんとか進んではいたが、ライオンと鼻先を突き合わせるところにまできて、がっくりと身を横たえた。泥に半身が沈んで、脱力した巨体が平べったくなる。

「仕留めたのか?」

 草食動物たちも状況を確かめようと前に出てきた。ライオンは触れるほどの距離でピュートーンを見つめたが、まさしく虫の息。死んだふりではありえない。狸寝入りはタヌキの得意技。その見極めには自信がある。

 荒い息を吐きながらフェンリルが牙を抜いて、ぶるりと体にまとわりついていた泥を払う。

 散っていた肉食動物たちも集まってくる。敵の毒蛇たちは事態の推移すいいに目を光らせて、森のなかから様子をうかがっていた。

「まるで……死ににきたみたいだ」

 ライオンがこぼすと、死の間際にあるピュートーンが不敵に笑う。失血の状態異常がわずかに残った体力(HP)をも奪い取っていく。

「……俺は死ぬべき運命」

 呪われたようなピュートーンの声。そして、大蛇が息絶えた瞬間、

「逃げろっ!」

 異変を鋭く感じ取った紀州犬が鋭い声を上げた。

「毒だっ! 息を止めて全力で離れろ!」

 リカオンも大音響でスピーカーを鳴らす。

 死骸となった巨大蛇の全身から瘴気しょうきき出した。ピュートーンは死を予言された怪物。その死体は毒気を生み出す。近くでのぞき込んでいたシタツンガとインパラが泡を吹いてばたりと倒れた。暗黒の霧に視界がふさがれ、瞬時に恐怖が蔓延まんえんする。

「王っ!」

 ブチハイエナが瘴気に押し流されながら呼んだが、ライオンの姿はどこにも見えず、その声は虚空のなかに消えていった。羽音、ひづめいななきが激しく混ざり合って、嵐が起こす哄笑こうしょうごとくにこだました。

 混乱の最中できるのは、とにかくこの場から離れて、散り散りになって逃げることだけだった。


 動物たちの荒々しい足音が四方へ、鳥たちの羽音が天空へと消えると、風が瘴気をふわりとでまわした。しかし瘴気は洗われることもなく、その場にへばりついて留まっている。一帯は死の森と化し、仲間であるはずのカーペットバイパーやブームスラングですら瘴気にあてられ体力(HP)が尽きていた。

 死者となったピュートーンはスキルが完全に解けてアミメニシキヘビの姿に戻る。戦が終わるまでは全ての感覚が最低になり、身動きはできなくなる。

 巨大蛇がえぐった泥道に川が流入して、アミメニシキヘビの体を水に浮かべた。その体を、水のなかから引っ張る者がいた。

 虹色に輝く銅の体を持つ大蛇。ユルルングルと呼ばれるその蛇神はオオアナコンダが神聖スキルによって変じた姿。銅は腐食に強く、毒に対する耐性を持つ。瘴気渦巻くの空間に平然と入り込んで、微動だにしないアミメニシキヘビの体を水中へと引きずり込んでいく。

 完全に大蛇の姿が水中にぼっすると、ユルルングルは死骸を運んで川の流れをめぐっていった。

 川の上ではどろどろと暗い雲がとぐろを巻いて、いまにも雨が降り出しそうな、不穏な影が熱帯雨林全体に広がりつつあった。

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