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▽こんこん9-10 オートマタの夢

「ピュシスはどうでした?」

 オートマタにロロシーが聞く。

「変わりないよ。変わりない。みんなが、明日に向けて忙しそうにしている」

 人間さながらの言葉遣いで話すオートマタからズテザはすこし身を引いて、かたむいた第一衛星アグライアの光が射し込むねぐらの入口近くにそっと身を寄せた。


 すこし前、ガラクタ山の一部で雪崩が起きた。動きが鈍く自力脱出が困難な植物の半人ハイブリッドたちが瓦礫がれきの下に閉じ込められてしまい、それを助けるべく、力の強い動物の半人ハイブリッドたちが集められた。その救援活動にはロロシーも参加していた。

 他の者から敬遠されているロロシーは現場の隅で作業にはげんでいたが、その時、積み重なった瓦礫のなかから助けを求める声がした。すぐに助けます、がんばって、と元気づけながら、ライオンの剛腕で瓦礫を撤去していく。すると、現れたのはオートマタ。

 外見は普通のオートマタと同じ。人間の骨格に似た構造をおおう銀色の外骨格。滑らかな頭部は電子頭脳が透けて見え、外装に取り付けられた動作状態を示す小さなランプがピカピカとせわしなく明滅している。全身が硬質の素材だが、唯一、手のひらだけは人工皮膚が張られており、人と触れても怪我をさせることがないような柔らかさ。

 なんの変哲もないオートマタ。しかし、その音声は異常だった。感情があるような語り口。よどみなく抑揚よくようを交えてつむがれる言葉は、まるで人間のよう。

 そんなオートマタに、ロロシーは心当たりがあった。父の工場でかつて生産されていた人格移植型オートマタ。そうだとすれば持ち主はひとりだけ。ロロシーが知る限り、現在、起動しているその種類のオートマタは一体だけだった。メョコの父に渡り、今はメョコの元にあったはず。

 助け出したオートマタの足首をロロシーは確認する。そこには幼いメョコとロロシーが書いた落書きの跡が残っていた。間違いない。

 しかし、メョコの持つオートマタに人格データが移植された事実はない。他のオートマタと同じ用途に使われていた。身の回りの世話。雑務。

「あなたは誰なんです?」

 それに対してのオートマタの答えは、

「わたしは冬虫夏草」

 首をかしげるロロシーに、オートマタは瓦礫にこすれてできた傷をいたわるように撫でながら、

「ピュシスがわたしを冬虫夏草だと判断した。だからわたしは冬虫夏草」

「冬虫夏草って、あのキノコの? あなたはオートマタでしょう。どういうことです。ピュシスとどういう関係が? 誰の人格データなんですか?」

 冬虫夏草を名乗るオートマタはふわりと手を差し出して、怒涛の質問を押しとどめる。

「わたしはわたし。他の何者でもないよ。この体の内から発生した思考回路。わたしに宿るべきだったデータは当の昔に去ってしまった」

「ちょっ、ちょっと待ってください」

 ロロシーはガラクタの山の向こうで作業する他の半人ハイブリッドたちの気配に耳をませて、

「場所を変えましょう」

 と、自身のねぐらにそのオートマタを誘った。

 移動し、暗いねぐらのなかでオートマタとロロシーが向かい合って腰を下ろす。

 オートマタの語る言葉に、ロロシーが耳をかたむける。

 人格を収める機能がそなわったボディに、なにかのきっかけで仮想人格が形成された。意思の芽生え。不思議な話だった。

 そのボディに宿すべきデータはあったが、それは去ったとオートマタは言った。データの残滓ざんしが影響している可能性、もしくはメョコがこのオートマタに頻繁に独り言を聞かせていたので、それが原因とも考えられた。けれど、本当のことはわからず、想像の域をでない。

 人はいつ意思を持つのか。生まれて、体が、脳が成長し、それから意思を持つのなら、このオートマタも同じ。肉体が作られ、人間の人格を再現できる機能がそなわり、それから意思を持った。オートマタの流暢りゅうちょうしゃべりっぷりから、そこには確かな人格があるようにロロシーには感じられた。

 けれど、それにしても、その人格がピュシスをプレイしているという話は、にわかには信じられない。

 ピュシスにおいて、このオートマタは冬虫夏草という生き物であるらしい。

 冬虫夏草とは菌類であるキノコ。動物でも植物でもないが立派な生き物。昆虫に寄生して芽吹くため、冬には虫の姿、夏には草の姿で過ごしていると考えられ、この名がついた。

「わたしのことは冬虫夏草と呼んで」

 オートマタはこう言ったが、誰かに聞きとがめられると困りそうだったので、

「なにか愛称を考えてもいい?」

「構わないよ」

「そうね……、では、とうちゅうかそう、の真ん中をとって、ユウ、なんてどうかしら」

「気に入ったよ。ありがとうロロシー」

 うやうやしい態度で礼をするユウにどう接していいものかロロシーは迷う。

 ユウの意思は人の模造品コピー。体は機械。これも半人ハイブリッドと呼ぶべきかもしれない。ロロシーの意思は人だが、体は動物の模造品コピー。比べてみると似たような存在にも思える。

 プレイヤーを動物や植物に振り分けて肉体アバターを与えるピュシスも、流石に困ってキノコの肉体アバターを与えたのかもしれない。そんな推測すいそくをユウに話してみると、

「そうかもしれない。他のオートマタと、わたしが与えられた姿が違うのは、人格があるかどうかなのかも」

「ピュシスには他にもオートマタがいるんですか」

「いるよ。いっぱいいる。みんな敵性NPCって呼んでるじゃない」

「あれは……、呼び名通りにノンプレイヤーキャラ(NPC)なのでは?」

「違うよ。違う。みんなそれぞれオートマタがプレイして動かしてる。本物のNPCは岩だけだよ」

 ロロシーは考え込んで、しばし足元に落ちていた小さなガラクタを指先でもてあそんでいたが、不意に顔を上げると、ユウを見据えた。

「オートマタも、ピュシスで肉体アバター消滅ロストすることはありますか。他の動植物のプレイヤーに破壊された時に」

「さあ。あるんじゃないかな。同じプレイヤーなんだから」

 ユウのアイセンサーがまたたいて、関節部のモーターが静かなうなりを上げた。

 故障として工場に運ばれてきた大量のオートマタがピュシスプレイヤーだった、という可能性について考えてみる。ピュシスを作ったのは、第二衛星エウプロシュネとは言われている。壊れたオートマタは第一衛星アグライアの管轄。

 機械衛星同士の静かなる戦い。第一衛星アグライアが物理的に第三衛星タレイアを攻撃したように、第二衛星エウプロシュネが仮想世界をかいして第一衛星アグライアを攻撃しているということだろうか。

 不確定な情報だらけで頭が混乱してくる。確かなことは三衛星が争っているということだけだ。

「ピュシスとはなんなのでしょうか。ユウはご存じありませんか」

「知らない。でも誰が知ってるかはわかる」

「誰です?」

 たずねるとユウはうつむいて、地の底に透明な視線を向けた。ロロシーも同じく視線を下げる。ねぐらの床に敷いてある平べったいガラクタたち。その向こう側、地下深くにあるのは機械惑星の核。惑星コンピューター、カリス。

「カリス?」

「そう。そうだよ」

「ユウはカリスとお話ができるのですか」

「できない。けど、夢を見る」

「……夢」

 ロロシーがめるように反復すると、ユウはこくんとうなずいた。

「夢でわたしはピュシスの冬虫夏草になっている」

「それってログインしてるってこと?」

「そう。そうかも。夢を見ながら起きている。ここでロロシーと会話しながら、いまピュシスではマンチニールと話してる」

 電子頭脳の並行処理能力を駆使した芸当。そんなことが可能なら、街中で突然に巡回オートマタが故障していた原因がピュシスである可能性も高まる。

「夢のなかで、カリスと会った気がする」

惑星コンピューターカリスと? カリスもピュシスをプレイしているということ?」

「気がするだけ。夢のなかのことだから。それに、カリスもふと、夢を見ていたのかもしれない……」

 そう言って、ユウは物憂げに小さなランプをまたたかせた。


 過去をなぞるように思い返していたロロシーの意識は現在に引き戻される。

 ねぐらの入口辺りで外を眺めている鳥人ズテザ。それからオートマタのユウに目をやって、

「ユウ。明日はあなたも本当に来るんですか」

 たずねると、銀色の手が伸ばされる。手のひらに張られた人工皮膚がロロシーの猫目に触れる寸前に引っ込められて、力なく床に落ちる。

「もちろん。カリスに会いたい。ネットワークを通してだと障壁が多すぎる。わたしの願いを伝えて、叶えてもらいたい」

 そう言って、つややかな銀色のボディを両手で抱くと、祈るようにうつむいた。

 ロロシーはユウの望みを知っている。

 ――人間になりたい。

 そんなことは不可能だと思った。

 けれど、人間が動物や植物になるこの世界で、本当に不可能かどうかなんてロロシーには断言することはできなかった。

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