▽こんこん9-8 運搬屋
意識をピュシスに置いているスウを抱きしめながら、葛藤している様子のロロシーに、カヅッチは憐れみの眼差しを向ける。そうして、ふと、きまぐれな仏心が芽生えた。
「メョコちゃんが心配してますよ」
ロロシーは、ぱっ、とカヅッチを見上げると、
「会ったんですか?」
「いえ。……いや、あなたをお見舞いするために家の方に来てた時に会いましたね。けれどかなり前のことです。いま話したのは今日のこと。リヒュさんが言ってました」
「リヒュが……。元気にしてました?」
カヅッチは猛獣が獲物を心配している姿に軽く吹き出して、
「あなたが言いますか。まあ大丈夫そうでしたよ」
あの子がピュシスプレイヤーでない限りは、とカヅッチは心のなかで付け足す。
――人工臓器、と言っていた。
生まれつき冠に適合できない体質のため、人工物を頭に埋め込んでいるカヅッチは、半人化による肉体の変質が進めば、人工物との摩擦で命を落とす。
もしも、あの子がピュシスプレイヤーならば、世界の変革と共に死ぬ運命。ピュシスは蔓延し続けている。もはや誰がプレイヤーでもおかしくない。
せめて知らずに逝けるなら幸せだろう、と考えている横顔にロロシーが尋ねる。
「リヒュはどんなことを言ってましたか」
「確か……、新しい味覚配合をメョコちゃんが作ってるとか」
「メョコはまた変なことを……」
「そうでしょう。データをいただいたのでお嬢様にも差し上げますよ」
偽冠同士の通信で、データのやり取りが行われる。
「ズテザさん。あなたもどうです?」
コンテナにもたれかかっている鳥人は、寡黙に偽冠を操作して、同じデータを受け取った。
メョコには会えない。父やソニナにも。社会から隠蔽されている半人との接触者がどういった目に遭うのかは、ヲヌーに散々聞かされた。半人は研究所に隔離され、接触者は社会から抹殺される。真実かはわからないが、それを確かめられるような時にはもう取り返しのない事態だろう。
ロロシーは様々な味が中途半端に散らばっている配合データを眺めて、くすりと笑う。
「なんだか、メョコらしいですね」
「そうでしょう?」
「賑やかな声が聞こえてきそう」
すこしだけ、しんみりとして、
「……ありがとう」
「やめてくださいよ」
カヅッチは複雑な表情を隠すように帽子を押さえて俯くと、取り繕うように話題を変えた。
「メョコちゃんのところのオートマタが迷子らしいんですよ」
「そうですか」
「興味なさそうですね。故障ではないそうなんですが、原因に心当たりはありませんか。オートマタを管轄する機械衛星の差異で処理にズレが発生したんじゃないかと僕からは話しておきましたが」
「あなたたちが壊したんじゃないですか。奴隷の方々は、以前からオートマタを破壊して回ってるじゃないですか」
ロロシーの言葉に、カヅッチは、はっ、と口の端から嘲笑をもらした。
「あんな手間がかかるだけの愚行に走るのはヲヌーぐらいですよ。そのヲヌーも最近は忙しそうですから、そんな暇はなかったんじゃないですか」
「ひとりであの数のオートマタを壊したんですか?」
一時期、工場がまともに回らなくなるぐらい、大量の故障オートマタが運び込まれていた
「違いますよ」と、カヅッチは空を見上る。視線の先には第一衛星。
「機械衛星……」
「あんまり、驚かないんですね」
「……ヲヌーから第一衛星が第三衛星を攻撃した、なんて話も聞いてますから」
小さく言いながらロロシーがスウのつむじに視線を落とす。
「あの人の言うことは話半分に聞いた方がいいですよ」
カヅッチは突き刺さりそうな冷たい口調で、刃のように目を細めたが、
「けど、でたらめとも言い切れないのが困ったところです。機械惑星たちの喧嘩、戦争、それともバグか。迷惑極まりないですが、オートマタのことはその余波でしょうね。リヒュさんには言いませんでしたが、メョコちゃんのオートマタも同じ理由で人の手の届かないところで突発的に壊れているのかも」
「カヅッチは機械衛星たちが争っているかもしれないことに不安はないんですか」
「不安?」眉を吊り上げて、「機械衛星たちの能力に大きな差はありませんから決着がつくのはずっと先の話。いずれ、どれかひとつがシステムダウンして、他の機械衛星が連鎖的に処理負荷で自滅するかもしれません。けれど、その頃には不要なものになってますよ。この星は機械から独立した自然の世界になっているでしょうから」
「だから不安はないと」
「ええ」と、短くカヅッチが返す。
ロロシーはカヅッチの見解に対してあいまいに頷きながら、まだ戻ってこないスウの頭を愛おし気に撫でた。カヅッチはもう話すことはないというように、立ち去ろうと半分ほど体を曲げたが、思い出したように戻して、作業服のポケットのなかを探ると、
「そうそう。リヒュさんに会った時、お嬢様に渡すように頼まれたんですが」
言いながら鉱石を取り出して、ロロシーの前に差し出す。
金属質な白っぽい表面に散らばる黄色と黒の結晶。ロロシーが覗き込むと、距離を取っていたズテザも興味を惹かれたのか、近づいてきて鉱石を眺めた。
「メョコちゃんからだそうです。お揃いのアクセサリーを作るとかなんとか」
「そんな約束してたかしら?」
「メョコちゃんのことだから、勝手に言ってるだけなんじゃないですか」
「まあ、ひどい言い草」
咎める風でもなく笑って、鉱石を手に取ろうとすると、
「おっと」と、引っ込められる。
「わたくしに渡すように言われたんでしょう?」
ロロシーが口を尖らせると、カヅッチは手のなかに鉱石を隠して、肩を竦めた。
「そうですが、お嬢様がいなければソニナさんにと言われてるんでね。ここでお渡したら、僕が疑われることになるでしょう。お嬢様はいま家に存在しない方なんですよ。そして僕はそれを知らない」
カヅッチは鉱石を再びポケットにしまおうとしたが、羽毛をまとった太い腕が伸びてきて、汚れた作業服の肘をつかんだ。
「見るだけならいいだろ?」
強靭な肉体の鳥人に圧倒されたように、僅か体が傾いで、
「……すこしなら構いません」
と、ズテザの手のひらに鉱石が置かれる。
ズテザは鉱石をつまんで掲げると、第一衛星のぼやけた輝きで透かし見る。鳥の目が鉱石の表面をつぶさに観察していると、ロロシーの隣から大あくびが響いた。