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▽こんこん9-7 ロロシーの憂い

 ――私はアフリカハゲコウだった。

 キャラクターが消滅ロストした元プレイヤー同士、同日に半人ハイブリッドになった者同士。そのよしみでロロシーはズテザと行動を共にし、お互い慣れない環境で助け合っていた。

 そんなある日、ズテザに打ち明けられた。

 ――そんなことを話して、かまわないのですか。

 ロロシーが聞くと、消滅ロストした肉体アバターは脱ぎ捨てたからにすぎない、と、こだわりもなさそうにズテザは言った。それから、話しておかないと驚かしてしまうかもしれないから、とも。

 アフリカハゲコウは地球において、世界一醜い鳥と言われていたらしい。地球の人々にとって、ぶらぶらと垂れ下がる喉袋のどぶくろや、禿げ上がった頭、屍肉しにくあさる姿などが良からぬものとして映ったようだ。

 ――そういったものに、私はなる。

 ズテザは怖れる風でもなかった。しっかりと頭上を見据えて、空への憧れが指先まで張り詰めた未完成の翼を広げた。

 ロロシーには味方が必要だった。ガラクタ広場の住民からは避けられがちで情報収集もままならない。スウはよくしてくれるが、あくまでピュシス側の半人ハイブリッド。それに幼い子供を巻き込むのは気が引ける。

 ハゲコウはサバンナの群れクランでは偵察役として心強い存在だった。ブチハイエナをよくしたって、その指揮の元、優秀な働きをしていた。いつも一歩引いているが、いざという時には落ち着いて状況を見定め、行動できる冷静さを持っている、というのがブチハイエナの評。ライオンから見たハゲコウも同じような評価。

 ズテザは調整の終わった偽冠フェイクを手に入れたあと、博士はジャックウサギだろう、と話していた。ズテザがピュシスで肉体アバター消滅ロストするに至った経緯は、そのすこし前、ハゲコウだという打ち明け話のあとに聞いていた。ハゲコウは、ジャックウサギがグレムリンの神聖スキルを使って呼び寄せた敵性NPCオートマタに射殺された。ライオンを撃った敵性NPCオートマタも銃を手にしていたので、おそらくは同じ個体。

 あんな支離滅裂な奴が何人もいてたまるか、とズテザは鼻を鳴らし、博士と、それからガラクタ広場で王のごとく振舞っているヘビのような男、ヲヌーに対する不審をあらわにした。

 そんなズテザなら、立場を同じくしてくれるかもしれない。

 信頼を得るには、こちらも打ち明けるしかない。

 ロロシーはズテザに自身がライオンだったことを話した。その胸中も。友人をんでしまったこと。同じ苦しみを他の誰かが味わわないよう、大事な人たちが、もしも動物や植物になってしまうなんてことが起こりえないように、ピュシスを止めたいということ。

 ――そのために協力してはもらえませんか。

 ズテザが協力を約束してくれたのには、肉食動物同士の共感もあったろうと、ロロシーは考えている。

 植物の半人ハイブリッドはただ己の成長だけを願い、草食動物の半人ハイブリッドは食する相手を殺すわけではない。植物たちからおすそ分けしてもらうことで命を保てる。だから、いずれ来る世に対しての抵抗が少ない。雑食動物も草食動物に近い立場の者が多いようだ。

 そして、そんな草食動物たちは肉食動物をあからさまにうとましがっている。

 肉食動物は奪わなくては生きていけないから。

 肉食には肉食にしかわかりえない心の領域があった。


 ズテザが点検口を見つけたと報告にきた直後、その潜入方法についてさっそく意見を交換したかったが、さすがに広場の真ん中で話すわけにもいかない。それに、いまはロロシーの肩にスウがもたれかっているので身動きがとれない。時間的にそろそろログアウトしてくるはず。それまでは待つことにする。

 通信で情報交換することもできるが、第二衛星エウプロシュネの停止につながるかもしれない計画を、第二衛星エウプロシュネと直接つながっている偽冠フェイクを使って行うのはあまりにナンセンス。急ぐ必要はない。相談する前に考えをまとめておく時間も必要だ。

 ズテザも立ったままコンテナに背中を預けて、ロロシーの手が空くのを待っている。

 すぐに第一衛星アグライアが傾きはじめた。

 すると、トネリコの樹が収められたコンテナのかたわらに集まる三人の元に、カヅッチがやってきた。

「お嬢様。すっかり様になってますね。ここの住民として違和感ありませんよ」

 皮肉がこもったひとことに、ロロシーは、

「お暇なんですか。あなたは工場の仕事もあるでしょうに」

 すこしとげのある言葉を返す。ズテザは羽毛の生えた太い腕を、分厚い胸板の前でがっしりと組むと、体を沈み込ませるように引いて、離れた位置からふたりのやり取りを眺めた。

「今日は休みをとってるんですよ。ちょっとした確認で顔は出しますけどね」

 カヅッチは言いつつ、手に持った水筒のふたを開けながらコンテナの亀裂をのぞき込む。

 大量のガラクタのなかから集めた鉱石の欠片。それを住民たちが長い時間をかけて細かく砕いて、き詰め、土にしたものにトネリコの樹は根を張っている。カヅッチはざらざらとしたその土壌の状態を確かめて、水をくと、ひざまずいて緑の香りを堪能たんのうする。

 トネリコの樹にまばらに茂った葉擦れの音は耳に優しく、物欲しげな草食動物の半人ハイブリッドたちに常に狙われているが、当然ながら葉をむことは許されていない。ガラクタ広場の全員が見張り合って、そのルールを順守している。ただし、トネリコは落葉樹であり、葉は枯れ落ちて入れ替わる。水を持ってきた者は、その葉を一枚もらってもよい、というのが暗黙の了解だった。

 カヅッチは茶色くしなびて根元に散らばっている葉の一枚を拾い上げると、口に含んで、満足そうに味わう。

 ロロシーは不意に羨ましくなる。自らの体に適した食べ物がある喜び。感覚偽装による豊かな味があっても、鉱物から作られた食物フードは昔から好きではなかった。そもそも子供の頃から、食に対する関心が薄かった。ともすれば食物フードを抜いてソニナに心配をかけていた。

 ヲヌーは肉食動物の半人ハイブリッドたちを引き連れて、食料調達と称して、人間をさらっている。

 肉を食べるのが悪いわけではないのはわかっている。自然では当たり前だった命の循環。

 魂の芯に染みついた本能ライオンも当然のことだと主張している。けれど、ロロシーの理性は反論する。人間が人間をうなんて摂理せつりに反している。そんな言葉に本能ライオンは、お前は人間じゃない、とえた。人間じゃないものが、人間を喰ってとがめることができようか。それに、そのうち喰われる側とて人間でなくなる。

 肉を喰らえ。そうして生きろ。死へ向かうのではなく、生を延長しろ。

 喰らえ、喰らえ、喰らえ……。

 頭のなかが本能ライオンに浸食されていく。真っ赤な血の芳醇ほうじゅんな香りが鼻孔びこうをくすぐり、交響曲のように甘美な獲物の悲鳴が耳の奥にこだまする。

 もうすぐ喰べ放題の世の中がくる。嬉しいだろう?

 ……嬉しい。お腹が減った。


 ――わたくしはライオン。


「喰べないであげてくださいよ」

 カヅッチの声にハッとする。いつの間にかスウの頭を両手でかかえていた。隠していた爪が手袋を突き破り、柔らかい頬に糸のようなひっかき傷を刻んでいる。

 ロロシーは傷を隠すようにスウを抱き寄せて、

「喰べません!」

 むきになって否定したものの、どうしようもなく声が震えた。

 えている。体の内側から自然が噴出ふんしゅつしようとしている。本能ライオンが肉を喰わせろと、咆哮ほうこうを上げている。

 ボロマントの下の細い首。猛獣の牙にさらされればひとたまりもない華奢きゃしゃな体。

 わたくし(ロロシー)が、俺様ライオンから、この子を守らなければならない。二律背反の心を抱えたロロシーは、固くまぶたを閉じる。闇のなか、己をりっしようとあがき続けた。

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