▽こんこん9-6 ズテザの報告
ガラクタ広場の中央に置かれたコンテナの周りは、細かな瓦礫が取り除かれて、綺麗に掃除されている。コンテナのなかにあるトネリコが快適に過ごせるようにと、皆が気を配っている。けれど、すこし離れればもうゴミゴミとした丘になり、その向こうにはいくつものガラクタ山。部屋の中央だけを片付けて、隅に物を押しやっただけというような風情。
けれども、そうして乱雑にガラクタが積み上げられて、複雑な稜線と、たくさんの物陰ができているほうが、ほとんどの半人たちにとっては安らげる環境のようだった。
ピュシスではだだっ広いサバンナ暮らしだったロロシーは、視界を遮るものが多いと落ち着かない。それでなくても整理整頓をきっちりしないと気になる性分。散らかっていると片付けたくなってしまう。しかしながらロロシーは新参者。余計なことをしてはならない。
ただでさえロロシーは避けられている。
捕食者の頂点である大型肉食獣。しかも来て早々にコンテナの上に飛び乗って『この場で最も強いのはわたくしです』なんて啖呵を切ったのがよくなかった。けれど、あの時のロロシーは半人になったばかりで動揺していた上に、奴隷という犯罪集団の群れのなかに突如放り込まれて混乱もしていた。その場を乗り切ろうと必死だった故の行為。過去の自分を責めることはできない。
小動物の半人などはロロシーと目が合っただけで、縮みあがって瓦礫の隙間に身をねじ込んでしまう。いまもロロシーが広場の中央にいるので、住民たちは波が引くようにガラクタ山の山中に隠れて、毛衣に包まれた耳や、顔から突き出した鼻頭、つやつやとした獣の瞳などを微かに覗かせて様子を窺っている。
目につく場所にいた方が彼らを安心させられるだろうと思って、こんな中央に腰かけてみているものの、あまり効果もないようだ。
植物の半人たちは広場に残って、あちこちで空を仰いでいるが、これはロロシーを気にしていないというよりは、そこにロロシーがいることに気づいていない様子であった。
けれどそんなガラクタ広場であっても、ロロシーを怖れたりせず、近づいてくる者もいる。
その筆頭が、いま隣で眠るようにピュシスに没入しているスウ。子供らしい気兼ねのなさで交流してくれるのは、ロロシーにとって救いだった。
ガラクタ広場ではキャラクターが消滅したプレイヤーにピュシスのなかでの出来事をあまり詳しく話すのはご法度。過去、周囲から話を聞くうちにピュシスへの恋しさを募らせて暴走した元プレイヤーがいたためだ。
なので、面と向かって尋ねたことも、教えてもらったこともないが、ロロシーの鑑識眼では、スウは草食動物。そしておそらくは、そんなに大きくない。子供らしい、というのとは別に、体の動かし方がちょこまかとしていて小動物を彷彿とさせる。前歯が少々伸びていることから齧歯類。スウの耳を被いはじめている繊細で柔らかい毛質の明褐色の毛衣から察するに、リスか、それに類似する生き物。さらに、両手で裾を掴んでお気に入りのマントを広げる仕草から、ムササビかモモンガあたりだろうか、とまで考えている。
肉食動物であるロロシーを怖がってもおかしくない、けれど、
――あっちで会ったら、ちょっとは怖いだろうけど、こっちで会っても全然怖くなんてないよ。
スウはそう言って、ロロシーが肉食動物であることに全く頓着しなかった。
ヲヌーや博士といった、この広場での権力を持った者たちも、ロロシーを怖れたりはしない。ロロシーと同じく大型肉食動物らしい数人も。それから以前から知り合いのカヅッチもだ。広場に立ち寄った時にはロロシーのところに顔を出してくれる。
もっともカヅッチの場合、昔馴染みとして親しくしてくれているというよりも、危険な相手を監視しているというような態度だった。
そして、もうひとり。
ロロシーが視線を投げかけているガラクタ山の上に、御来光の到来にも似た禿げ頭がぷかりと浮かんだ。次に現れた顔は、中央付近は黒ずんで、外に行くほどくすんだ赤に染まっている。
山を越えて現れた筋骨隆々の体。ロロシーと同じ日に半人になった男。スキンヘッドを輝かせ、黒い羽毛に被われはじめている両腕を力強く振りながら、コンテナのそばにやってくる。
ヲヌーは、ちゃびんくん、などと呼んでいるが、彼の名前はズテザ。ずいぶん半人化が進み、羽毛以外にも胸筋が大きく発達している。彼は鳥。鳥は空を飛ぶために、胸筋が人間の二十倍ほどもあるという。ズテザの身には刻々とその力が宿ろうとしているようだった。
人と鳥の狭間。歪なその形態を見るたびにロロシーは不安に誘われ、自らを鏡から遠ざけている。
ズテザは、スウにちらと目を向けて、低めた声でロロシーからの頼まれごとについて、報告を行う。
「見つけた」
頼んでいたのは、惑星コンピューターの点検口のひとつ、星の中心へ至る道の入り口を探すこと。
惑星コンピューターはオートマタを使って自己点検をしているものの、人間による検査も受け入れている。本来、人の手は必要ないが、カリスと人のパワーバランスが崩れないように、遥か昔に人間によって決められたルール。定期的に技師団が結成され、点検口から惑星内に入り、中核に下って点検を行う。
けれどいまになっては、複雑なカリスの内部構造を把握している技師などおらず、ただ見学して帰って来るだけというのような形骸化した行事に成り果てている。
点検口は複数あるらしいが、その場所は一般には公表されず、秘匿されている。かつてロロシーの父もその技師団に参加していたことがあった。その時の様子から、父の所有する工場地区の土地のなかにそのひとつがあるのではないかと、ロロシーは予想していた。それが見事に的中した形。
「どこでした?」
「言われた通り地図との差異だけに注意して観察していたら……あちら」と、言って西区の方向を視線で指し示して「の奥にある寂れた工場を越えた場所にズレを発見した。そこに地図にない建物がある」
「あんなところまで行ったんですか?」
工場地区は西の方から広げられたので、西に行くほど古めかしい工場が残っている。開発と共に広げられた北や東の方にあるものほど新しい設備を備えた工場。古い工場は改修される予定だったが、予算が合わず、そのほとんどは閉鎖され、放置されている。
ロロシーがやや驚いた顔で尋ねると、ズテザは俯いてスキンヘッドを第一衛星の光に当て、
「わざわざ近づく必要はなかった。私の目は、ほら」と、あっかんべーするみたいに瞳を見せて、
「鳥の目だから」
天高くから、地上で動く小さな獲物を捉えることができる鳥の目。それが見たというならば信用に足る情報。
それに、ロロシーはこのズテザという人物自体も信頼していた。