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▽こんこん9-4 迷子のオートマタ

 カヅッチは天井を見上げてあごをさすると、さほど興味はなさそうに、

「電子頭脳のルート判定機能が壊れたら、迷子になることもあるんじゃないですか」

「機能は問題なかったそうです」

「問題なかった……。それなら、通信不能になる空白地帯に巻き込まれた、とか。でも、その場合は過ぎ去ったら正常に戻るはずですけどね。空白地帯は遠方の星の動きの影響ですから、一ヵ所に留まっていることはないですし。それ以外が原因となると……わからないですねえ。ネットワークにつながっている以上は、他のオートマタと常に連係がとられてますから、不具合は抑止されるはず」

 カヅッチの言葉にリヒュは「そういえば」と記憶を探ると「通信機能が特殊だって聞いたような。その場合、つながってるネットワークも違うんでしょうか」

 すると「ああ」と、すっかり了解したうなずきが返ってきて、

「メョコちゃんのところのオートマタですか」

「そうなんです」

 メョコからオートマタがいなくなったという連絡がきたのは、ピュシス会議を終えたリヒュ(キツネ)が、縄張りに戻ってログアウトしてからすぐだった。リヒュとメョコの個人用住居の部屋は近い。廊下を出て数歩でメョコの部屋の扉がある。リヒュがおっとり刀で駆けつけると、おろおろとしているメョコが部屋中のものをひっくり返していた。

 事情を聞くと、昼寝していて起きたらいなくなっていた、というなんとも間の抜けた話が返ってきた。眠る前になにか命じていた覚えもなければ、故障の兆候もなかったという。部屋の片隅で、それこそ眠ったようにじっと停止していた。

 話しながらもメョコはあちこちの小物をひっくり返す。小人を探しているのじゃあるまいし、そんな場所にいないのはわかっているだろうに、と思うリヒュの目の前で、そんな不思議な行動はくり返された。

 眠っていたわりにはひどく疲れた様子のメョコをなだめて、座らせる。寝すぎたのか、と冗談で言うと、そうかも、と弱々しくはにかむ。

 冷静になると、位置情報を検索すればいいと気づいたようで、すぐさま実行に移される。が、地図上に示されたオートマタの所在地はふらふらと目的地もなさそうに徘徊はいかいしており、まるで迷子になっているかのようだった。しかも、そうして確認しているうちに、ふっ、と信号が途絶えてしまう。

 紛失物として警察に連絡したほうがいいんじゃないかと提案すると、警察と聞いて思い出したらしく、最近ロロシーだけじゃなくお兄ちゃんとも連絡とれなくて、と愚痴がこぼれた。リヒュはメョコの兄レョルのことはあまり好きになれなかったが、あんな兄でも頼りにされてるんだな、と思うと妙な気分になった。

 結局、その日はふたりだけで探してみようということに。けれど第二衛星エウプロシュネが昇るまであちこち見て回っても、問題のオートマタはどこにもいなかった。解散して後日、意気消沈しているメョコの元を訪れたが、紛失届を出したり、他に手を借りたりするのにはひどく渋っていた。メョコはリヒュに何度も謝って、もう大丈夫だから、と、うやむやのまま放置している。

 カヅッチはメョコのことと知ってか、いくぶん真剣になった表情で「うーん」と小さくうなると、

「あのオートマタについては僕が工場に勤めさせていただく前に作られたものなんで詳しくはちょっと。ただ、主任が設計した特別製ってことは聞いたことがあります。他のオートマタとは管轄かんかつが違うとか」

「管轄って? なんの管轄ですか」

「オートマタって普通、第一衛星アグライアが管轄してるでしょう」

 当然のように言うカヅッチに、初耳のリヒュは眉を上げる。

「そうなんですか」

「ええ。でもあのオートマタは第三衛星タレイアが管轄してるらしいです」

「それって、なにか違いがあるんですか」

 リヒュの質問に「さあ」と、カヅッチは本当になにも知らなそうな顔を返して、

「僕は、第一衛星アグライアの処理負荷分散目的のプロトタイプだと勝手に思ってますけどね。オートマタも増え続けてますし」

第三衛星タレイアってなんだか話を聞く限りひまそうなんですが、普段から作業を割り振ったりしないんですか」

 第一衛星アグライアは昼を照らし、第二衛星エウプロシュネが夜を告げる。第三衛星タレイアは輝くことなく、いつも闇に沈んでいる。目にする機会がないだけに、余計にその存在は地味に感じる。

第一衛星アグライア惑星コンピューターカリスの一番のお気に入りですからね。振られる仕事も多い。別々の論理回路を持つ三衛星がカリスの方針を定めるべく絶えず意見を出し合っていますが、そのなかでも第一衛星アグライアの結論が選ばれる確率が他に比べて高い、という結果が出てます」

 リヒュは以前、ロロシーの父ロルンから聞いた話を思い返す。確か、第一衛星アグライアは人間の最盛期の再現、第二衛星エウプロシュネは即時的な享楽きょうらく第三衛星タレイアはまだ見ぬ可能性、というそれぞれ別の目的に向けた論理回路が搭載されているとのことだった。

 カヅッチはしばらくオートマタについて意見を聞かせてくれていたが、ふと、

「そういえば、主任が昔、開発してた人格移植型も第三衛星タレイアが管轄だった気がします」

「人格移植?」

 リヒュの疑問に答えようと、カヅッチは口をなかばまで開いたが、すぐに閉じて、つい、と視線をおどらせた。そうしてクラウンを操作しながら立ち上がる。

「通知が来てしまいました。僕は診察の時間なので話の途中ですがこれで失礼します」

「そうですか、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、待ち時間の話し相手になってもらって退屈しませんでしたよ。人格移植型のオートマタについては、ご興味があれば検索されるといいでしょう。最近でもどこかで取り上げられいましたし、探せばいくらでもニュースがあるはずです」

「わかりました。鉱石、お願いしますね」

 リヒュが念押しすると、カヅッチはそれが収められているポケットに服の上から触れて、

「ええ。渡しておきます」

 と、引き受けてくれた。


 カヅッチが去った後、言われた通り人格移植型という言葉についてクラウンのネットワークで検索してみる。結果が出るまでの間、リヒュは自身の饒舌じょうぜついさめた。すこし話し過ぎた。明日、ピュシスで行われる決戦に向けて、気分が高揚こうようしているのかもしれない。

 関連項目が大量に網膜もうまくに照射されたので、眼球運動でいくつかを選んで、開いてみる。

 人格移植型オートマタ。人間の人格データを保存して、それをオートマタに移植しようという計画。いわゆる不死の研究。しかし、人格のみで肉体をともなわない人間に対して人権が適用できるのかという議論になり、その結論が出ないまま研究は縮小の一途を辿たどる。形が人間らしければ認められるのでは、と精巧なオートマタも作られるが、上辺だけを取りつくろうなと非難を浴びることになった。費用も問題だった。複雑な人間の頭脳をデータとして取り出すのには莫大な費用が必要。支払えるのは企業の社長や、スポーツのトッププレイヤー、政治家などの高給取りぐらいなもの。選民意識を助長するとして、コストの改善を迫られる。けれどそれが大きな壁となり、結局は頓挫とんざすることに。

 これが人格移植型オートマタに関する概要であった。その余波で人間に似せたオートマタの製造も中止されている。

 読み終わったリヒュは、ほう、と息をついて立ち上がる。病院から出ると、かたむきかけた第一衛星アグライアの薄暗い光の下へ。

 明日の決戦に向けて、今日できることをするために前へ前へと体を進める。

 そうしながら、あれは誰かだったのか、とリヒュは考えていた。いや、まだ疑惑のいきを出ていない。結論を急ぐあまり、論理が飛躍し過ぎていることもわかっている。けれど、握手した時の妙な違和感。あの時、キツネの感覚が訴えた。嘘の匂いを嗅ぎ分けた。数度会った程度で、それほど親しくないからこそ、そう思っただけかもしれないが、心には不思議な確信が満ちている。

 ロロシーはどう思ってるのだろう。それとも、知らされていない、ということもあるだろうか。

 きっとこの予感は当たっている。

 そうであるという答えに導かれている気がする。

 しかし、そうすると、すこしばかりゾッと背筋が凍るような感覚もある。

 予想が正しいとすれば、今まで接していたのは生者のふりをした何か。

 あれは、誰の人格データだったのか。

 ソニナとは誰なんだろう?

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