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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
99/180

27 傷

「初瀬ちゃん、あまり無理をしない方が、今はゆっくり休んで――」


 初瀬のただならぬ様子に、アケミが気遣う様に言った。しかし、初瀬は聞く耳を持たずに言葉を続ける。


「あの時、牛之助さんと一緒に私の鋏も影に飲まれて消えたわ。私の鋏は――失せ物になった。牛之助さんが違う場所に移動させられたというのなら、私の鋏もそこにあるはず。だったら、見つけられる」


 誰に言うともなく、ほとんど独り言の様に初瀬は呟く。自分の鋏に『失せ物探し』を使用するつもりらしい。


 確かに、それならば牛之助の居所が分かる。


 ――しかし。


「お嬢、余り無理は――」


 気遣う捨十やアケミを余所に、初瀬はゆっくりと呼吸を整えて瞳を閉じる。その様子に剱が怪訝そうな顔をする。


「迎初瀬は何をしている?」


「彼女は『失せ物探し』の能力を持っておる。君の言う通り、震災の時に目覚めた」


「そうか、それで――」


 剱は納得した様に頷く。


 初瀬の存在が急速に現実感を失っていく。確かにそこにいるはずなのに、まるで風景に溶けた様に認識しづらくなる。初瀬が『失せ物探し』を発動し、自らの意識の深淵へと潜っていく時、いつもこうなる。


 捨十もアケミも、どこか不安そうな面持ちで初瀬を見守る。


「見えた、わ」


 初瀬はか細い声で呟いた。その言葉に捨十とアケミは思わず身を乗り出す。


「どこか、暗い場所。寂しくて、とても遠い所。どこなの、ここは――」


 まるで夢の中にいるように浮遊感のある声は、普段の初瀬とはかけ離れている。


「駄目! まるで位置が認識できない! 失せ物がどこにあるのか分からない!」


 初瀬は首を何度も振り、歯を食いしばるようにしながら言った。


「もう一度よ! 今度は、もっと深く――」


 再び初瀬は瞳をぎゅっと閉じて己の深層に潜り込もうとする。


 その時、異変は起こった。


 初瀬は一瞬、驚いた様に目を見開いた。そして小さく、呻くような声を漏らすと、頭を抑えながら地面に倒れ込んだ。


「あ、ああああああああっ!」


「お嬢!」


「い、痛い! 頭が! ああああああ!」


 初瀬は頭を抑え、瞳に涙を一杯に溜めながら地面をのたうち回った。


「お嬢! 能力を止めるんじゃ!」


「駄目よ! 私が見つけないと、早くしないと牛之助さんがっ! 牛之助さんは大怪我をしてて! う、ぐ――ああああああああ!」


 次第に初瀬の身体は瘧に罹った様に痙攣を始めた。空気を吸い込めずに、ひゅうひゅうと喘鳴を立てる。


「やめて初瀬ちゃん! このままじゃ初瀬ちゃんが、死んじゃうわ!」


 アケミが悲鳴に近い声を上げる。しかし、それでも初瀬は能力を止めようとはしない。捨十も必死で呼びかけるが、もはや外界の声は初瀬に届いていなかった。


「あ、おえ――。が、は――」


 口から消化液の様なものを吐き出し、呼吸が止まる。まずい、このままでは本当に。


「ごめん」


 その時、剱が初瀬の首の裏を手刀で鋭く叩いた。


「あ――」


 初瀬から一瞬、吐息の様な声が漏れると、そのまま気を失った。


「初瀬ちゃん! 初瀬ちゃん!」


 アケミが涙を流しながら、気絶した初瀬を抱きしめる。


「すまない。少し手荒くした」


「いや、礼をいう」


 今の初瀬の余りに痛々しい様子に、捨十は暗澹たる気持ちになる。


 ――この事件は、この娘に生涯消えぬ傷を残したかもしれん。


 自分や牛之助はいつ死んでもいいような人間だ。昔は違っていたかもしれないが、人生のどこかで道を過ち、ここまで落ちてきた。棺桶に入るまでただ心臓が動いているだけの、無為な人間だ。そんな中で、牛之助はその身を賭して初瀬を守るという使命を全うしたといえる。


 しかし、初瀬は違う。アケミだって、まだ意味のある人生を送れるのだ。自分達の様などうしようもない裏通りの吹き溜まりとは、違う。


 そんな人間が、こんな事になってはいけない。


 なってはいけない、はずだった。


「お嬢を、病院に連れて行こう。帝都の守り人よ。儂から、いくつかお主に話したい事がある。その事は、また――」


 捨十は初瀬に近づいて、目許に残った涙をそっと拭った。

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