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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
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26 神話

「それは、二年前の大揺れと関係あるのかの?」


 捨十の推測に、剱は頷いた。


「これは僕達の世界の伝説みたいなものだから、話半分に聞いて欲しい。遙か昔、人と異形は同じ世界に住んでいて、互いに争い続けていた。それに終止符を打ったのがアマネという能力者だった。彼女は想像を現実に変える能力を持っていて、異形の住むべき異世界を創造し、人の住む表の世界と、異形の住む裏の世界に分けたんだ。彼女は何千年もの間、裏の異世界を創造しながら眠り続けている。だけど、二年前の地震で、彼女の眠りが浅くなったらしい。裏の世界が不安定化して、表の世界と混じり始めている」


 剱は抑揚のない口調で訥々と語る。しかし、その内容は余りにも突飛過ぎた。捨十は白い髭に覆われた顔を歪める。


「流石に、これをすぐに信じろというのは無理があるの」


「分かってる。だから話半分でいいと言ったんだ。だけど事実として、本来特別な力を使えないはずの表の住人が能力に目覚め始め、表に出入り出来ないはずの裏の住人が、こちらで悪さをする様になった。肝心なのはそこだろう?」


「まあ、の」


「僕はこちらで悪さをする裏の住人を探し出し――斬る。そのために、存在している」


 そう言って、剱は腰に差した刀を握りしめる。


 ――悪を斬る事で己の存在を規定する、か。


 人が産まれ、生きる事そのものに理由も意味もありはしない。


 何の価値もない虚ろで空っぽな人間でも、ただ命があるというだけでそこに存在はある。全てを失っても、命が続く限りは生きなければならない。捨十がそうである様に。


 しかし、幽霊はそうではないのかもしれない。何かこの世に存在しうる理由がなければ、現れる事ができないのだ。この巳継剱も、そういう存在である様な気がした。


「久世純一と言っておったかの。君はその男を追っているのだな?」


 久世の名を聞いて、剱の瞳が殺気立つ。幽霊は幽霊でも、どうやら怨霊のようだ。


「あいつは必ずこの手で斬る。そうしなければならない」


 剱は唸る様にそう言ってから、目を伏せた。


「だけど、あいつは本当に得体が知れないんだ。不思議な少女がケースの中で眠っているのを僕は見た。彼女は、西村朋惠と瓜二つらしい」


「何――?」


 一瞬、言葉の意味が分からず、捨十は阿呆の様に茫然とする。


「瓜二つ、という事は工場の奥に居たのは西村朋惠ではなかったのかの?」


「違う。あれは西村朋惠であって西村朋惠ではない、新しい誰かだ」


 剱は憂いと苛立ちの混じった口調で言った。


「久世にそんな能力はなかったはずなんだ。ケースの中の少女だけではない。迎初瀬達を襲った獣人だってそうだ。あんな生き物、裏側にだっていやしない。考えられるのは――」


 創り出された生物、と剱は結んだ。


「まさか、そんな――」


 捨十は脳天を叩き割られた様な衝撃を覚えた。心臓が激しく脈打ち腕がぶるぶる震えている。


 今まで半信半疑ながらも比較的落ち着いて聞いていた捨十の動揺ぶりに、剱が少し不審そうな顔をする。その時、アケミの甲高い声が裏通りに響いた。


「初瀬ちゃん!」


 見ると、初瀬が目を醒まし、上体を起こしていた。しかしその顔は真っ青で、感情が抜け落ちた様に無表情だった。


「お嬢、大丈夫かの?」


 捨十と剱も初瀬の元に駆け寄る。初瀬は蹌踉めきながらも、自力で立ち上がった。


「うん、大丈夫。実はさっきから目が覚めてて、捨十と剱の話、聞いてたの」


 初瀬は小さな声で言って、剱の方に向き直る。


「牛之助さんはどうなったの? 牛之助さんの消え方は、後で久世とあの女の子が消えたのと似た様子だったわ。影に飲まれた牛之助さんは、どこかに移動させられたんじゃないかしら?」


 初瀬が感情のない声音で問いかける。一見すると冷静そうだが、不発弾の様な不安定さを同時に感じる。


「その可能性は高いと思う」


「という事は、まだ生きてるのよね?」


 しかしこの質問に、剱は黙ったまま肯定も否定しなかった。初瀬はしばらく剱を見つめていたが、ふっと息を吐いて視線を虚空に向ける。


「いいわ。私が自分で見つけるから」

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