24 帰還
「お嬢!」
ただならぬものを感じた捨十が急いで駆け寄る。アケミも「え、ちょっと旦那?」と戸惑いながらついてきた。
駆け寄ってきた二人に気づいた軍服の人物が顔を上げる。暗さと軍帽を目深に被っているのとで分かりづらいが、その顔はまだあどけなさの残る少女のものだった。
「貴方が浅草六区の捨十か?」
軍服の少女が尋ねる。その声は幼く高いが、同時に落ち着いた響きがある。
「いかにも儂が捨十じゃが、これは一体――」
少女は黙って背を向ける。初瀬を受け取れと言いたいらしい。捨十とアケミは二人で初瀬を抱えて、比較的新しいい草の敷物の上に寝かせた。
初瀬は「ん――」と少しだけ反応したが、目は醒まさなかった。しかし、初瀬の寝顔は余り安らかのものには見えない。どことなく赤く腫れぼったいのだ。
まるで泣き腫らした後の様に。
「この娘に、何があった?」
「彼女、迎初瀬は裏側の魔物と行き当たった。彼女が目覚めたら伝えて欲しい。決して、この世の裏の者とは関わるな――と」
軍服の少女は、空に浮かぶ月の様に静かな視線を初瀬に向ける。この少女の存在自体が、薄月の様にぼんやりとしていて現実感に乏しかった。
――まるで、幽霊の様な。
風の噂に聞く帝都の幽霊を思い出す。少女である事以外は、黒い外套から腰に差した刀まで、特徴と一致している。
この娘が、そうなのだろうか。
「魔物って何よ、意味が分かんないわ! それに牛さんだってついていたのに。牛さんはどうしたってのさ?」
アケミが怒気を含んだ口調で、軍服の少女を詰る様に問い詰める。その内容は、捨十が問うのを恐れた質問であった。
牛之助がいない。初瀬だけが帰って来た。
それはつまり、そういう事なのだ。
「牛之助、か。僕は直接見てはいない。彼女がいうには、道中で大怪我をした後、久世の影に飲まれて姿が見えなくなった――と」
「何をふざけて――」
アケミの頬が上気し、怒りに眉が吊り上がる。今の少女の解答に、馬鹿にされたと思ったのだろう。
「待て、アケミ」
「でも旦那!」
「儂が話を聞く。アケミはお嬢の様子を見といてくれ」
「分かったわよ」
アケミは敵愾心に満ちた目で少女を睨んだが、すぐに初瀬の元に歩み寄った。
「ほ、すまんの。不作法な娘じゃが、これもお嬢と牛之助を思うての事じゃ。どうか大目に見てくれんかの」
「構わない」
少女は表情も変えずに応じる。
「教えてくれんかね。君は一体、何者なのか」
「それを貴方達に教える意味が僕にあるのか?」
予想された反応だった。しかしここで引き下がるわけにはいかない。
「お嬢は儂らの娘も同然、家族の様なものじゃ。牛之助にとってもの。君が何かを知っているというのなら、黙って帰す事は出来ん」
捨十の言葉に少女は一瞬だけだが、目を丸くした。
「家族、ね」
「教えてくれんかの。この通りじゃ」
捨十は深々と頭を下げる。剱は小さく溜め息を吐き、肩を竦めた。
「いいよ。別に隠し立てするつもりもない」
剱はそう言って、訥々と語り始めた。




