19 是認
巳継剱という少女は、はっきりとした声でそう言った。
「帝都の幽霊――だと?」
牛之助を消し去る時も、初瀬の首を締め上げる時も、まるで能面の様に無表情だった久世の顔が、僅かに歪む。
「は、そうか。なるほどな。合点がいったよ」
「久世純一、帝都の守り人の名において、あんたを――斬るよ」
「ふ、面白い。やれるものならやってみろ」
久世と剱は火花でも散らしそうな形相で睨み合っている。
その間、久世の注意は完全に初瀬から逸れていた。初瀬など、彼にとっては路傍の石ころの様に取るに足らない存在に過ぎないという事か。しかし久世から距離を取れるならそんな事情はどうでもいい。そろりそろりと久世から離れる。
部屋の隅にまで移動した所で、剱に目を向ける。
――あの娘は、何者なの?
この状況での自分の振る舞い方に初瀬は困惑した。この軍服の少女の乱入は初瀬にとって救いになるのだろうか。少なくともあの場で絞め殺されずには済んだわけではあるが、それで助かったといえる状況ではとてもない。
どう見ても剱と久世は険悪である。しかし敵の敵が味方だとは限らない。剱だって十二分に怪しい。久世の次に自分に斬りかかって来ないとも限らない。
それに、帝都の幽霊という言葉には聞き覚えがあった。
――そうだ、ここに来る前に捨十が言ってたわ。
夜な夜な帝都で刃傷沙汰を起こしているという、どこか人間離れした幽霊の様な軍服姿の少年――正確には少女だったが、それはきっとこの巳継剱の事だ。
得体の知れない黒衣の男に、謎に包まれた軍服の少女――完全に板挟みだ。
その時、剱が顔を隠す様に目深に被っていた軍帽を、くいと上にずらした。
彼女の素顔が露わになり、そして初瀬と目があった。
剱は初瀬の目を見て、小さく頷く。剱の瞳は、力強かった。まるで、初瀬を安心させようとしているかの様に。
「え――」
視線を受け取った初瀬の口から漏れたのは、呆けた様なそんな声。
「大丈夫。君は僕が守る」
剱はそう言って、刀の鯉口を切る。初瀬は、まだへたり込んで呆然としていた。
初瀬が、今までずっと探し続けてきたものがある。
街頭で、学校で、デパートで、とにかく人の集まる場所に来ては比較と否認を繰り返してきた面影がある。しかし、どんなに探しても、求めても、それが見つかる事はなかった。
探すものはもうどこにもない。初瀬はそれを知っていた。
何故なら、彼女はきっと死んだのだ。
あの日、関東大震災で。
――嘘、でしょ?
比較と是認。
軍帽の下にあった巳継剱と名乗った少女の顔は、初瀬の知る有馬たつきそのものであった。




