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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
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16 『黒衣の男』

「こんな所まで来るとはな。出来損ない達にここの守りをやらせてはみたものの、所詮は出来損ないといった所か、女子供すら殺せていないのだからな――」


 男は身構える初瀬達の動きに何ら注意を払うでもなく、無造作に壁に凭れながらそう呟いた。


 一目見て分かった。彼こそが朋惠の話にあった『黒衣の男』であると。聞いた通りの全身黒ずくめの装束を着た、亡者の様に青白い肌をした痩せぎすの男だった。顔つきから年齢は推測出来ない。


一見老け込んでいる様で不可思議な若々しさがあって、三十前にも四十過ぎにも見える。そして何よりも初瀬の印象に残ったのが、男が初瀬達を見るその目つきだ。


 その目には何の感情も宿していない。初瀬達に対して何の感慨も抱いていないのだ。まるで実験用の鼠か、これから屠殺される家畜を見る様な――そんな目だ。


 この男はまるで死神のようだ、と初瀬は思った。


 心の奥底をぞっと凍らせる様な冷気が、この男から発せられている気がした。その冷たさが、近い未来の初瀬達の運命を暗示している様で、初瀬は身震いした。


 ――どうする。どうすればいい。


 ほとんど絶望的な思いに囚われながらも、初瀬はまだ何かを考えようとしていた。全てを諦めて楽になりたいという感情を抑えつけ、初瀬は思考する。


 ちらりと牛之助を見やる。何とか歯を食い縛って片膝を立てている。応急手当をし、僅かながらでも休んだ事で、先程よりは動ける様になっているのだろうか。


 今この部屋にいるのは、ケースの中の少女を除けば、黒衣の男だけだ。せめて走れさえすれば、隙を見つけてこの場から逃れるくらいは出来るかもしれない。


 どこに逃げるか、逃げてどうするかはその時また考える。


「――貴方は何者なの? ここは一体何なの?」


 一か八か、初瀬は問いかけた。


 少なくとも、この男は先程の獣人の様にいきなり襲ってくる様子ではない。勿論、初瀬達を生かして帰す気などさらさらないのかもしれないが、会話の余地はありそうだ。ならばせめて、牛之助が休む時間を稼ぐ。妙案も何もない、初瀬が思いついたのはこれだけだった。


「何者か、か。ふむ、それはこちらから訊いてみたい問いだな」


 男の目に光が宿った、様に見えた。初瀬に僅かながらでも興味を持ったのかもしれない。


「ここに来るまでに出来損ない共と遇っただろう。あれはお前達にはどう見えた?」


「出来損ない?」


 心当たりは一つしかない。あの獣人の事を言っているのだ。


 人間離れした身のこなしに、他者を傷つける凶器でしかない爪。そして何より、餓えた獣そのものといった目付き。


 あれは、人の心を持っているのか?


「化け物――だと思ったわ。あるいは、獣」


 ふむ、と黒衣の男は口元に手を当て何かを考える素振りをする。


「当たらずとも遠からず、といった所か。あれは人であり、獣でもある。器は人間だが、魂は獣のそれだ。知能が低く、寿命も短い。魂が器に固着できずにすぐに剥がれてしまう」


 まるで独り言の様にぼそぼそと初瀬に語りかける。しかも、その内容は初瀬には全く理解出来ないものだった。


 ――狂っているの?


 初瀬は疑わしげに男を見る。しかし男はあくまで落ち着き払っていて、傍目には狂人には見えない。


むしろ初瀬の知らない独自の理論なり法則なりがこの世界には存在していて、男はそれに則って語っているのだという気さえしてくる。


 ――呑まれちゃ駄目。


 自分に言い聞かせる。今は男の言葉の意味とか、この世界の成り立ちとか、そんな些細な事はどうでもいい。


初瀬は身体を動かす素振りを見せずに、制服のスカートのポケットに入っている鋏を思い出し、意識する。牛之助に巻いた包帯を切った後、ポケットに入れていたものだ。


 その刃先は尖っている。不意打ちに相手の目を狙えば、膂力に乏しい初瀬でも大の大人を制する事が出来る――かもしれない。


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