15 朋惠の肋骨
「ひっ――」
初瀬は思わず息を呑んだ。ヴェールの向こうには、円筒状のガラスの容れ物があった。中は薄緑色の液体で満たされている。
そしてその中に、人間の少女が赤子の様に丸まって眠っていた。
「なに、これ――」
初瀬は呆然とケースの中の少女を見つめる。一糸纏わぬその身体には、命を持つもの特有の生命感と柔らかみがあった。初瀬は一目見て、これは人形なんかではないと分かった。
鼻口から小さなあぶくが漏れる。呼吸している。心臓が、動いている。
――生きてる。生きてるんだ。
初瀬は魅入られた様に、その少女を見つめる。
年の頃は初瀬と同じくらい。丸まっているので分かりづらいが、身長も初瀬とさして変わりはないだろう。身体を小さく丸めて、液体の中をゆらめきながら眠っている。その様子はまるで、母の腹の中にいる胎児だ。
彼女は眠っているのではなく、まだ生まれてもいないのだ――そう感じた。
そして初瀬はもう一つの確信を持つ。
初瀬の『失せ物探し』は一つの事実を断定した。
――朋惠さんの肋骨は、この人が持っている。
しかし、彼女は明らかに何も持っていない。裸なのだから見逃しようがない。
彼女の肋骨の一本が、朋惠のものである――そう考える他ない。
さらに一歩、彼女に近づく。そして少女の顔を覗き見て、初瀬は再び息を呑む。
「朋惠、さん?」
少女のその顔立ちは、初瀬の知る西村朋惠そのものだった。
胸の奥から吐き気が込み上げてきて、初瀬は身を屈める。
――どういう事? どういう事なの?
混乱しきった頭の中で、それでも初瀬は必死で状況を理解しようとした。
誘拐されていた朋惠が、ここでこうやって囚われている――のだろうか? それが一番まともな解答である。しかし本当にその解釈で正しいのか? ガラスケースの中の少女の姿は朋惠そのものなのに、何故か初瀬には彼女が朋惠には思えない。
だって、この少女はまだ生まれていないのだから。
それに、朋惠の肋骨は失われたはずだ。黒衣の男に抜き取られ、奪われた。
肋骨のない朋惠の左胸の感触を、まだ初瀬は覚えている。
ならば、肋骨のあるこの少女は朋惠ではない、はずだ。
――じゃあ、一体誰なのよ。
酷い目眩を耐えながら、初瀬は少女を見つめる。
――アダムの肋骨から生まれたイヴ。いい出来だろう?
「え――」
ぞくり、と初瀬の背に悪寒が走る。
それは男の声だった。低く、どこか掠れていて、まるで囁く様な聞き取りづらい声。しかし、聞こえた。確かに初瀬の耳に届いた。
「嘘――」
反射的に振り返った初瀬は口の端から漏れたのはそんな言葉だった。目の前の現実が受け入れられず、あれは幻か白昼夢かと疑った。
有り得ないはずなのだ。
最初この部屋には誰もいなかった。間違いなく確かめた。そしてこの部屋に入ってすぐに扉に鍵を掛けた。誰かがここに入って来るために外側から鍵を開け扉を開いたなら、初瀬と牛之助が気がつかないはずがない。
だからこの部屋に初瀬達にとって危険な存在はいないはずなのだ。
それなのに、何故、いつの間に――
「どうして――」
どうして、見知らぬ男が部屋の隅に佇んでいるのだ。




