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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
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14 ヴェールの向こうに

「いやあ!」


 初瀬は必死に逃げようとするが、歩くよりも遅い速さである。みるみるうちに獣人は近づいてくる。初瀬はすぐ近くにあったドアを開き中に飛び込んだ。


 すぐに振り返りドアを閉める。幸運にも鍵付のドアだ。初瀬はすぐに鍵を掛けた。


 向こうではドアを蹴破ろうとしているのか、ドンドンという衝撃がこちらに伝わってくる。初瀬は祈る様な思いでドアを抑えつけていたが、とうとう諦めたのか、衝撃は来なくなった。


「はあ、はあ――」


 初瀬は荒い息を吐きながらその場にへたり込んだ。しかし殆ど休む事なく、傍らにうずくまっている牛之助を見やる。


 牛之助は青い顔をして脂汗を流している。背中と胸元は真っ赤に染まっているが、傷口そのものは小さいためか、出血量はそれほどでもない様だ。不幸中の幸い、とはいえすぐに手当をしなければならない。


 初瀬は鞄から包帯を取り出した。応急手当用の道具はいくらか持ってきていた。まさか実際に使う事になるとは思わなかったが、念のために持ってきていて本当によかった。


 初瀬は慣れない手付きながら必死に傷口に包帯を巻いていく。牛之助は苦痛に呻いていたが、それでも今のところは命に別状はなさそうだった。しかし、血を吐いていた事から、内臓の何処かを傷つけられているはずだ。すぐに医者に行かなければ。


 応急手当を終え、ひとまず獣人の気配がない事を確認すると、全身にどっと疲労感が襲ってきた。まだ弛緩していい場合ではないというのに、身体が鉛の様に重い。


 しかし、落ち着いた事で初瀬はある事実に気がついた。


 いつの間にか、失せ物の場所に近づいてるのだ。


 逃げる時は必死でまるで頭になかったが、失せ物の感覚はもう目と鼻の先まで来ていた。


 ――この部屋に、あるのかも。


 改めて周囲を観察する。この部屋はこれまでの打ち捨てられた工場のものとはまるで違っていた。他の場所は殆どの物品が撤収されていたのに対して、ここは棚や机がまだ置いてある。


 しかも比較的新しく、埃を被っている気配もない。棚の中には何かの薬品らしき液体が入った瓶が一杯に敷き詰められていた。


 全体的に散らかっているものの、どこか秩序だっていて、嫌でも人為的な気配を感じさせられる。まるで、科学の実験室の様だ――と初瀬は思った。


「朋惠さんの肋骨――」


 そう呟いて立ち上がる。初瀬の視線の先、部屋の隅に、およそ成人男性くらいの大きさの円筒形の何かが、ヴェールに包まれて置いてあった。


 初瀬の『失せ物探し』は、朋惠の肋骨があそこにある事を示している。


 ふらつく足取りでヴェールに近づき、手を掛ける。


 ――この世界の箍が緩んでいる様に感じられます。


 初瀬の脳裏に浮かんだのは捨十のこの言葉だった。


 世界の箍とは何だろう? それが緩むとどうなるのか?


 初瀬達を襲撃した獣人。彼らは一体何なのか。どうしたらあんな生き物が生まれるのか?


 『失せ物探し』の能力が開花するなどという生易しいものではない、もっと背徳的でおぞましい何かがヴェールの向こうに存在していると、直感した。


 心臓が早鐘を打つ。血が逆流した様に全身が熱い一方で、夢の中を歩いている様にふわふわしている感覚がある。


 初瀬は震える手でヴェールを捲った。


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