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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
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12 襲撃

 初瀬の中で失せ物を場所の示す感覚はまだ残っている。遠くにいるうちは漠然とした方角しか分からないが、ものの在処に近づくにつれて細かい位置取りまで把握出来る様になっていく。


 工場内に入った事でその感覚はより精確になっていった。間違いなく、この建物のどこかに朋惠の肋骨はあるらしい。


「あっちの方角だとは思うんだけど」


 ボロボロの廊下を歩きながら、初瀬は失せ物のある方角を指差す。しかし、その先には薄汚れた壁があるだけだ。失せ物の位置は直線的にしか分からないため、建物の構造を把握するまでは色々回り道をする必要がありそうだ。


 失せ物がある方角へ進む道を探しながら少しずつ奥に入っていく。迷路の様な、とまではいかないものの、なかなか複雑な構造をしているらしく、外からの見た目よりはかなり広く感じる。建物には灯りも何も残っていないので、日没前の頼りない光に頼る他ない。一応、蝋燭等は用意して来たが、日が暮れないうちに用事を済ませてしまわないと厄介そうだ。


 歩いて行くうちに作業場らしき場所に行き着いた。機材やらは殆ど撤収されているため分かりづらいが、腰の位置程の長い台が並んでいるのと、錆び付いた巨大な包丁が床に落ちていた事から調理場らしい事が分かった。より正確には、肉を解体する場所――だったのだろう。どうやらここは元は食肉加工工場だったらしい。


「あ、これはいいものが落ちてやすね」


 牛之助はそう言って錆び付いた肉切り包丁を拾い上げた。どうやら武器に使うつもりらしい。


「それを使うの?」


 初瀬が怖々と肉切り包丁を見やる。牛之助がこれを構える姿はまるで地獄の獄卒である。


 そもそも、こんな所に落ちている包丁そのものが気味が悪くて嫌だ。しかしこの先に黒衣の男がいるかもしれないと思うと、この程度の武装は必要なのかもしれない。


 その時だ。


 ごそり、と背後から何かが蠢く音がした。


「えっ?」


 間の抜けた声をあげて初瀬が振り返る。目に映ったそれは、まず黒い影の様に見えた。そして次に、それは獣かと思った。しかしどちらも正しくはなかった。


 それは人だった。


 黒い髪をボサボサに伸ばし、ほとんど布きれと化しているボロボロの服を着た、捨十よりもさらに小柄な子供のような体格の人間だった。しかし、その目付きは獰猛な獣の様に凄まじくぎらついていて、右手の五枚の爪がまるで刃物の様に伸びている。


 悠然と観察したわけではない。全ては一瞬の事だった。まるで時間の流れが停滞した様に、ゆっくりと初瀬には感じられた。視覚情報だけが瞬時に頭の中に飛び込んでくる一方で、他の感覚は遮断され痺れたみたいになっていた。


「危ない!」


 牛之助の叫ぶ声が聞こえた。数瞬遅れて身体に衝撃が奔り初瀬の身体が真横に吹き飛ぶ。牛之助が初瀬を突き飛ばしたのだ。


 倒れる初瀬の目に、牛之助の背後から爪を突き出しながら飛び込んでくる獣人の姿が映る。


「うっ」


 呻き声の様なものが牛之助の口から漏れた。次いでごぼり、と血を吐き出した。


 人が流した大量の鮮血を、初瀬はずっと前に目にした事があった。震災の時、自分と同じくらいの年頃の少女の割れた頭と、辺りに広がった血溜まり。どろりと濁った目を天に向けて、少女は絶命していた。


 牛之助の吐いたのは初瀬の記憶のそれと似たような、真っ赤な鮮血だった。


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