11 廃工場へ
震災から二年が経ち、帝都の復興は非常な勢いで進んではいるものの、それでもまだ手を付けられずに打ち捨てられたままの区画は未だ多い。初瀬達が向かった廃工場がある辺りの区画も、ひび割れ傾いたまま放置されたビルヂングが多く残っており、無残な姿を晒していた。
素人目にも今にも倒壊しそうに見えるからか、ルンペン達すらここを寝床にしようとは思わないらしい。初瀬達以外に人の気配はまるでなかった。
そんな風だから、黄昏色に染められた廃墟はまるきり終末めいていて、全てが終わった世界にぽつりと立っている様な、そんな錯覚さえ起きてそら寒い思いがする。
「まるで黙示録ね」
初瀬は溜め息を吐きながら呟いた。
「なんですかいそりゃあ?」
「要するに、世界の終わりって事よ」
「ああ、確かに人も動物も何もかも――みんな死んじまったら、丁度こんな具合になるのかもしれませんやね。あんまり良い気分はしませんや」
牛之助が薄気味悪そうに顔を顰めて小声で言った。熊の様に大柄な牛之助が身体を竦めているのが面白くて、初瀬はつい笑ってしまった。
「あら、牛之助さんたら、もしかして怖いの?」
初瀬がからかうと、牛之助は慌てた様に捲し立てた。
「いやいや、そんな事はありやせん! 捨十の旦那に頼まれたんだ。お嬢の事は命に替えてもお守りいたしやす!」
牛之助が分厚い胸板をどんと叩く。
「ありがとう牛之助さん。でも、無理はしないでね。私から頼んでおいてなんだけど、命に替えてもだなんて――」
この心配は初瀬の本心からのものだったが、受け取った牛之助は「お嬢はなんて優しい!」と感激してますます意気軒昂になった。
――上手くいかないものね。
初瀬は苦笑した。姫様扱いに慣れないのはさておき、護衛は頼んだもののいざとなったら自分を見捨てて逃げていいと初瀬は言いたかったのだ。しかし、きっと牛之助はそうはしないのだろう。そう思うと、信頼と同時に安易に牛之助に頼った事を少しだけ悔やんだ。
「早く済ませましょう」
ともかく、自分の義務を果たす事だ。やるだけやって、もしこれで朋惠の手掛かりを得られなかったら、その時はもう諦めて大人しく無事を祈る事にする。
昨日視た廃工場らしき建物はすぐに見つかった。
そこまで大きなものではないが、ひび割れた外装は灰色にくすんでいて周囲にある他の建物より一層終末的である。打ち捨てられたままのコンクリート壁には妙な圧迫感があり、間近では工場というよりは刑務所に見えてくる。
「ここよ」
「へえ、話に聞いちゃあいましたが、本当に視えるんでやすねえ。来た事もない場所が分かるなんて、凄いもんだ」
牛之助は感心した様に言った。
「牛之助さんの失せ物なら、タダで探してあげるわよ?」
「はは。有り難いですが、今のあっしには失くすものもありませんや」
外から見る分には何の工場かよく分からない。辺りを見回すと入り口はすぐに見つかった。用務員が出入りするための小さめの扉だ。鍵が掛かっているかもしれないと思ったが、あっさりと扉は開いた。
初瀬と牛之助は一歩入ってきょろきょろと辺りを見回すが、窓から茜色をした光が射し込んている廊下が伸びているだけだった。
どこかに例の黒衣の男がいるかもしれないと警戒したが、ひとまず人の気配はない。




