10 噂話
初瀬は気を取り直して牛之助の顔を見つめる。
「でもそんな力自慢なら、やっぱり頼りになりそうだわ」
「おお、そりゃお嬢の頼みとあれば火の中水の中ですが、一体どうしたんですかい?」
「ええ、これから少し危ない所に行くから、牛之助さんに用心棒をお願いしようと思って」
「それは構いやせんが。こんな所に一人で出入りするお嬢に怖いものがあるんで?」
口を滑らせた牛之助は、初瀬に睨み付けられて大きな身体を縮こまらせた。そんな二人のやり取りを愉快そうに眺めていた捨十が口を開いた。
「しかしお嬢、危ない所とは一体?」
「ううん、私もよく分からないのだけど――」
初瀬は事の次第を捨十と牛之助に説明した。捨十は初瀬の失せ物探しを『異能』として理解している。警察とは違って、朋惠の体験も通じるだろう。
話を聞き終えた捨十はやにだらけ目をしぱしぱと瞬かせた。
「人のあばら骨を、ですか。これはまた妙な事で」
「私みたいな特別な能力を持った人間が他にもいるって事なのかしら?」
「分かりません。が、どうにも怪しげな感じはしますな。件の震災から、帝都ではおかしな事がよく起こる様に思います。今の話然り、お嬢の能力然り。近頃では帝都の幽霊なんていうのも彷徨いている様で――」
「帝都の幽霊?」
「何でも軍服を着た少年くらいの人間が、夜な夜な帝都のあちこちで刃傷沙汰を起こしているとか。その様子が何だか人間離れしていて、まるで幽霊の様だという噂です。まあこれ自体は眉唾な話ですが、火のない所に煙は立たず。元となる何かがあるのが道理でしょう」
捨十はこんななりをしているが、時々深い教養を感じさせる様な事を言う。今でこそこんな所で浮浪者の長の様なものになっているが、かつては地位のある人間だったのかもしれない。
まあ、こんな事は捨十に限った話ではない。ここの住人は皆それぞれに事情を抱えている者ばかりだ。
人には誰しも過去がある。捨十に語るつもりがないのなら、初瀬もあえて聞く気はない。
「これは想像以上に危険な事柄に首を突っ込もうとしているかもしれませぬ」
捨十は険しい声音で警告した。
「ええ、私もそれは十分に考えたつもりよ。だけど、見捨ててはおけないわ。私が視たものが朋惠さんの失踪と関係があるのなら、彼女を助けられるのは私だけだもの」
初瀬ははっきりとそう宣言した。捨十はそれでもまだ完全には納得しきれない様子だったが、諦めた様に牛之助に命じた。
「やれやれ、こうなったら敵いませんな。それでこそのお嬢とも言いますしな。いいでしょう。牛之助、しっかりとお嬢をお守りするのだぞ」
「へい、それはもう!」
捨十に命令された牛之助は、背筋を伸ばして分厚い胸を叩いた。初瀬は生まれてこの方、牛之助よりも腕っ節の強い人間を見た事がない。何だかんだ言っても頼もしいものだ。
しかしそれでも捨十はどこか浮かない様子だった。
「お気をつけ下され。あの大地震以降――この世界の箍が緩んでいる様に感じられます」
「世界の、箍?」
「お嬢、どうかお気を付けて――」
そう言った捨十の声は、まるで孫をいたわる様であった。




