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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
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8 浅草十二階跡

 昨日、朋惠が語っていた奇妙な話が瞬時に初瀬の脳裏に過ぎる。


 黒衣の男、盗まれた肋骨、そして初瀬が探し当てた、その在処らしき工場。


「いいえ。私も今朝、警察の方から朋惠さんの心当たりについて聞かれて、それで気になっていたばかりで。元々私は朋惠さんとそこまで親しくさせて貰っていたわけでもなかったし、申し訳ないけど、私には分からないわ」


 様々な事柄が初瀬の頭の中を巡っていたが、そのどれもが余りに突飛過ぎて、とてもこの場で繭子に語る気にはなれなかった。


「そう、よね。ごめんなさい」


 繭子は悲しげにそう言うと、初瀬の前から去って行った。残された初瀬は今度は頭を抱える様にして、机にうつぶせた。


 ――どうしよう。


 いわゆる『まともな』失踪事件であるのなら、初瀬が警察や繭子に自分の知りうる限りの情報提供をする事に抵抗はない。辻占をしていた事を知られるのがまずいのならば、たまたま浅草を歩いていた時に見かけたと言えばいいし、以前から朋惠の悩み事について相談を受けていた事にしてもいい。


 しかし、初瀬の知る情報の内容が困りものだ。明らかにまともではない。先の話を警察に語って聞かせても、間違いなく信用されないだろう。頭がおかしい娘だと思われるか、質の悪い悪戯だと思われるのが落ちだ。


 黄昏時に朋惠が浅草にいた事を教えるのは有用かもしれないけれど、核心ではない。


 すぐに朋惠が発見されればいいが、もしそうならなかったら――今も朋惠の身が危険に晒されているのなら、彼女を見つけられる可能性があるのは初瀬だけかもしれない。


 危険なことだと思う。初瀬が朋惠に対してそこまでする義理はないのかもしれない。


 しかし、そう思う度に先ほどの夢、たつきのことがちらちらと頭に浮かんで離れない。いくら初瀬が手を伸ばしても、もはやたつきに届くことはない。だけど朋惠になら、まだ届くかもしれない。


 ――昨日、視た所に行ってみよう。


 初瀬はそう決心した。


 朋惠の身に何が起こっているのか、まるで分からないけれど、盗まれた肋骨があると思しき廃工場に行けば、何かの手がかりくらいは掴めるかもしれない。今みたいに能力に頼った手掛かりでなく、もっと警察にも開陳出来る様な物証を得られれば、気兼ねなく通報出来る。


 心を決めた初瀬だったが、放課後そのまま真っ直ぐ工場には行かなかった。明らかに危険だと分かっている場所に、一人で乗り込む勇気はとてもなかった。


 危ない事をするからこそ、安全を期すべきだ。


 初瀬は昨日と同じく浅草に向かい、そこから人通りの少ない裏通りへと入っていく。浅草の六区にある、かつて十二階下と呼ばれた迷路の様な怪しげな小路である。かつてはここに、凌雲閣という十二階建ての大きな塔が有り、その周囲には帝都最大の私娼窟があった。関東大震災で凌雲閣は倒壊し、建て直される事なく爆破処理された。娼婦達は帝都中に散っていったため、浅草六区は色町としてはかつて程の規模はない。しかしそれでも、ここは妖しく蠱惑的な帝都の裏通りである事には変わりない。


 ――工場に行くのは怖いのに、こんな所に平然と来てるんだから。


 初瀬はそう思って自分に苦笑した。こんな所にふらふらとやって来るのは、桜ヶ崎女学院の生徒の中でも自分だけだろう。いつの間にか、酷い不良娘になったものだ。


 細くて汚い道をきょろきょろしながら歩いて行くと、ようやく求める人物を見つけた。真っ白でもじゃもじゃな髪と口髭をして、汚らわしい襤褸の服を着た、小柄な老人だった。老人は地べたに寝転んで居眠りをしていたが、初瀬に気づくとむくりと身体をあげた。


「やあ、お嬢。今日も愛らしくていらっしゃる」


「捨十、お嬢はよしてって言ってるでしょう」


「ほっほ、お嬢はお嬢ゆえ、それは承服しかねますな」


 捨十はそう言って、黄色い歯を見せて笑った。

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