表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
77/180

5 在処

 失せ物ならば何でもすぐに分かるというわけではない。初瀬自身が研究した所によると、探せるものの種類と精度は個々の条件によって違っている。


 まず、人間は探せない。より正確には生き物は不可である。だから、行方不明者や逃げ出した飼い犬の捜索は出来ない。


 有馬たつきを探す事も、出来ない。出来なかった。


 そしてその物への思い入れの強さ、距離、大きさによって探索精度は増減する。思い入れが強い程、距離は近い程、大きさは大きい程、精度は高まる。また誰かの所有物でも探せるし、それが誰かに拾われていても分かる。ただし、初瀬自身がそれを《失せ物》と認識していなければ能力は使えない。


 本当にただの『失せ物探し』でしかない。しかしどんなちっぽけな力でも、人智を超えた能力である。


 だから、初瀬は黒衣の男も自分と同じく、何か特別な力を持っているのではないかという可能性を捨て切れない。


 さて、朋惠の肋骨はどうだろうか。『失せ物探し』は意識の深淵に潜っていくという性質上、その日の初瀬の気分や体調によっても精度に増減はある。しかし今日は調子がいい。かなり深い所まで行けそうな感じがする。


 ――見えた。


 何やら薄汚い建築物の姿が初瀬に脳内に映し出される。大きさや形から、何かの工場の様に見える。意識を広く保って視野を広げる。周囲には震災で半壊したまま放置されたビルヂングが並んでいる。


「分かりました」


 初瀬はそれだけ言って、鞄からスケッチブックを取り出した。それに鉛筆で今見た映像を描いていく。


「それは工場――でしょうか? どこにあるのでしょう?」


 さらさらとスケッチブックに描かれていく絵を見ながら朋惠が言った。


「ここよりずっと北北東の方角に、震災で半壊したまま打ち捨てられたビルヂング群があります。そこの一つにある工場に、求める失せ物はある様です」


 絵はすぐに描き終わった。仕上がった絵を朋惠に渡そうとして、初瀬は躊躇って手を引いた。朋惠は戸惑った顔で初瀬を見る。


「易者様?」


 これで絵を渡してしまえば、失せ物探しは終了で後はお代を頂いてお開きだ。初瀬の失せ物探し料は五十銭、喫茶店の珈琲一杯が十銭で日雇い労働者の一日の賃金を二円程と考えるとそれなりの金額である。とはいえ、この能力の使用は初瀬の心身に結構な負担を掛ける事と、百発百中である事を併せるとこれ以下にはまからない。


 しかし今回は、銭だけ貰って後の事は知りませんでは少し座りが悪い気がした。


「失せ物は確かにここにあります。――だけど、どうするおつもりですか? はっきり言って、そこに行くのはおすすめしませんよ」


 初瀬はそう念を押した。


「そう、ですよね」


 朋惠は悲しげに目を伏せた。


「悪い夢を見たと思って忘れなさい。それが、朋惠さん自身のためよ」


 これは初瀬の心からの助言だった。どうして自分の骨が抜かれてそれをどうしようというのか、気にはなる。しかし話を聞いた限り、それを知ろうとしたら命がいくつあっても足らない様に思える。


 初瀬の気持ちが伝わったのか、朋惠は納得した様子だった。心なしか、先程よりは随分と晴れやかな表情になっている様にも見える。


「そうですね。そうします。これは悪い夢だった。そう、思いましょう」


 朋惠は初瀬に深々と頭を下げた。


「ありがとうございました。お陰で随分気持ちが楽になった様に思います」


 朋惠のその言葉に初瀬はホッと胸を撫で下ろした。自分が少しでも朋惠の助けになったのであれば良かったと思う。


 そこでふと、朋惠が初瀬の目許をじっと見つめている事に気がついた。顔の殆どを隠しているとはいえ、凝視されるのは良くない。


「どうしました?」


「つかぬ事をお聞きしますが、私は易者様に名前を名乗りましたでしょうか? それに声も意外に若い様な――」


「あっ――」


 しまった。途中から完全に演技を忘れていた。口調は易者のまま通していたが、声質はいつの間にか地声に戻っていた。しかもあろう事か、名乗られてもないのに朋惠さん等と呼んでしまっている。普段なら占いの過程で依頼主の名前を聞くのだけど、朋惠の事は初めから知っていたので省略していたのを忘れていたのだ。


「えっと、その――」


 不意を突かれて初瀬は完全に頭が真っ白になってしまった。言い訳もなにも思いつかない。そんな初瀬をしばし見て、朋惠は何だか悪戯な顔で微笑んだ。


「易者様のお陰で私の気持ちは救われました。とても、とても感謝しています。だから易者様とは、またお会いしたいです。今度は桜ヶ崎女学院で――ね?」


 朋惠はそう言って財布から五〇銭を取り出すと、初瀬の手をぎゅっと握ってそれを渡した。そしてもう一度頭を深々と下げて、初瀬の前から去って行った。


 後に残された初瀬は、呆然とお代の五〇銭とまだ朋惠のぬくもりの残る掌を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ