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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
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3 骨

「骨、ですか?」


 同輩の女学生らしからぬ失せ物に初瀬は少し面食らった。骨というやや気味の悪い言葉と西村朋惠とがどうにも結びつかない。


 そして朋惠は左の脇腹辺りに右手を翳し、そこを摩りながら言った。


「失われたのは私の骨です。左の肋骨の一本――それが、なくなってしまったのです」


「肋骨がなくなった?」


 初瀬は一瞬、朋惠が冗談を言っているのではないかと疑った。初瀬も辻易者で小銭を稼ぐ中で、時には変わった失せ物の在処を教えて欲しいと言われた経験はある。しかし、ここまで奇妙な失せ物は初めてだった。改めて言うまでもなく、肋骨は身体の中にあるものだ。落としたりなくしたり出来ようはずもない。


 しかし朋惠の表情は真剣そのもので、まるで冗談を言っている風ではない。


「信じられませんよね――右手を、お貸し下さい」


 初瀬は言われるままに、右手を朋惠に差し出した。朋惠は初瀬の右手を握ると、そのままセーラー服の裾から中に差し込んだ。


「えっ」


 朋惠の急な行動に初瀬は思わず驚きの声を発した。服の中の素肌に触れた暖かなぬくもりが掌に伝わる。


「左胸の横辺りの肋骨です。どうか、お確かめ下さい」


 意図を察した初瀬は、朋惠が示した胸の横の肋骨が存在する辺りに指を這わせる。暖かな温度が指に伝わる。一方で初瀬の指が冷たかったのか、朋惠が僅かに眉を顰めた。


「これは――」


 朋惠の言っている事は本当だった。本来肋骨に守られているべき場所に何もなく、そこだけまるで胸の膨らみを触っているかの様に指が陥没する。


「生まれつきのものではありません。しかし外科手術等で取られたわけでもありません」


 初瀬の思考を先読みした様に、朋惠が言った。生まれつきかどうかは初瀬には判断の仕様がないが、外科手術で取り除かれたのであれば、その部分に大きな傷痕が残り、触れればそれとすぐに分かるはずだ。


 朋惠の左脇に傷痕らしき感触はない。真っさらで、綺麗な感触だった。


 初瀬はセーラー服から手を戻した。少し、震えていた。


「これは一体――?」


 朋惠の顔は青ざめていた。初瀬の顔色もヴェールで隠していなければ同じ様なものだろう。


「とても奇妙な事で、にわかには信じがたいかもしれません。でも、これは真実です。紛れもなく、本当なのです。私は何者かに、左の肋骨を盗まれたのです。私が見つけて欲しい失せ物とは、盗まれた肋骨の事です」


 朋惠は一気に言った。


「ちょっとお待ち下さい。自分が何を言っているか分かっていますか? 体内にある骨を身体を傷つける事無く盗みだすなんて、わけが分からないじゃないですか。とても現実の事とは思えません。一体、貴女の身に何があったというのですか?」


 想像だにしていない朋惠の話に、初瀬は威厳ある易者の演技を忘れて問いただした。


 聞くだけ聞いて何も分かりませんでしたでは格好がつかないが、少なくとも肋骨の件は朋惠の言っている事が本当であれば、初瀬なら何かの示唆が得られるはずだという確信もあった。


「二週間程前の事です。丁度今と同じくらいの時刻で、街も今と同じ様に黄昏に染まっていました。ただ、その色の鮮やかな事が、少し気味が悪いくらいで――あの日は何もかもがおかしかったんです。私は一人で歩いて家に帰っていました。私の家の近くは、裏に入っていて人通りも殆どない寂しい通りなのですけど、そこで誰かが、全身真っ黒な装束を着て、恐ろしく冷たい目をした気味の悪い男が、私の後ろについて歩いて来ているのに気がつきました。初めは偶々、同じ方向に向かって歩いているのかと思ったのですけど、私が立ち止まると男も立ち止まり、また歩き出すと一緒に歩き出すといった具合で、私から少し後ろをずっと着いて来るのです」


「それは気味が悪いですね」


 初瀬の言葉にその時の恐怖が蘇ってきたのか、朋惠は少し震えながら頷いた。初瀬も話を聞くだけで背筋が寒くなってきた。当事者の朋惠の恐ろしさはいかばかりか。


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