2 西村朋惠
「あの、易者様が万失せ物を見つけて下さるというのは、本当でしょうか?」
少女問いに初瀬は黙って頷いた。普段なら気の利いた口上の一つでも並べ立てる所だが、今回は相手が悪い。
初瀬が放課後に浅草で易者紛いの小遣い稼ぎをしているなどと学校の関係者に知られたら、ただでは済まない。
しかも、初瀬は眼前の少女に見覚えがあった。彼女の発する、一種の独特の空気感の様なものが心の片隅に残っている。
――不思議な雰囲気の娘。
見た目で目に止まるのは、長い黒髪と育ちの良さを感じさせる品の良い顔立ち、特に印象に残るのは左目の下の泣きぼくろだ。
この少女の印象を色にするなら白黒である。腰近くまである長い黒髪と黒い冬の制服と、雪の様な白い肌。
初瀬も色白な方だけど、少し種類が違う、日本人形みたいな白だ。
そして感情の乏しい顔つきでありながら、託宣めいた事をひょいと口する巫女の様な独特の空気感がある。
初瀬はハッと思い出した。
――西村朋惠だ。
朋惠は初瀬とは組こそ違うが同じ学年だ。どこぞの商家の一人娘、だったと思う。
さして親しい間柄というわけではないので、直接話したのはおそらく一度か二度くらいのものだろう。
しかし向こうが初瀬を知っているのは間違いない。
それに廊下ですれ違う等して顔を見合ったのは一度や二度では済まないし、初瀬の声を知られているのも悪い材料だ。
初瀬は背中に冷や汗が伝うのを感じた。
なんで朋惠さんがこんな所に来るのよ、と内心愚痴をこぼしながらも、なるべく冷静に朋惠を観察する。
「易者様の失せ物探しは、どんなものでもたちまち見つける千里眼――との噂を聞いたのですけど、それは本当の事でしょうか」
朋惠は小さいけれど、鈴が鳴る様な澄んだ声で再度問うた。
そんな噂になっているのか。
繁盛するのは悪い事ではないが、桜ヶ崎女学院まで届くとなると少々具合が悪い。しばらく稼業は自粛するべきかもしれない。
「私は失せ物の在処の可能性を示すだけ。それが本当に見つかるかどうかは、探す者の心次第です。当たるも八卦当たらぬも八卦、貴女がどうしても失せ物と再び巡り会いたいのであれば、試してみるのも一興かと存じます」
これは一つの決まり文句である。
考えた末、初瀬はひとかどの易者を演じきる事にした。
声音はやや低めに落とし、いかにも威厳のありそうな易者の振りをする。こうしている初瀬は普段の女学院でのそれとは全く別人のはずだ。
正直自信はないけど、他に手段がないのだから腹をくくってやるしかない。
「どうしても、見つけたいものがあるのです」
朋惠は弱りきった風に言った。初瀬の正体に勘づいている気配はない。
「本当にどうしてなくなってしまったのか、他の人にはなくなった事さえ信じて貰えないのです。私自身、とても信じられなくて――とても、とても奇妙な事なのです。だから、易者様の噂を聞いて、藁にも縋る思いでここに来ました」
終わり際の朋惠は今にも泣き出しそうだった。
感情に乏しい娘だと思っていたけれど、こんな顔もするのかと、少し意外に思った。ともあれ、本当に追い詰められた末に初瀬の元までやって来たのは間違いないらしい。
――奇妙な事、ねえ。
朋惠のこの必死な様子ならば、初瀬の正体を知られる事はなさそうである。心に余裕の出てきた初瀬は、どれもう少し詳しく話を聞いてやろうという気持ちになった。
――もしかしたら朋惠さんの失せ物も、見つけられるかもしれないし、ね。
さて、西村朋惠の探して欲しい失せ物とは何だろう? 初瀬は朋惠の目をじっと見据えて、彼女の言葉を待つ。
「私の失せ物は――骨なのです」
朋惠はそう言った。




