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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第二部 たそがれ異界
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1 迎初瀬

 迎初瀬(むかいはつせ)はいつも何かを探している。


 しかしその対象は、初瀬の中ではあまり明瞭ではない。それは群衆の中の一人であったり、砂塵に落ちた一粒の宝石であったりするのかもしれない。


 曖昧で掴み所はない。ただ、自分が何かを探している――という意識はある。


 一応、初瀬が見つけたいと思うものの心当たりは一つだけある。しかし、それが見つかる事は決してないと、自分で分かっていた。


 探すという行為は、その対象が存在していると、少なくとも本人が認識していればこそ成り立つものだ。自分で存在しないと分かっているものを探すのは、それは探しているのではなく、振りをしているだけだ――と初瀬は思う。


 ならば浅草の路地を歩む人々の中にかつて親友であった有馬たつきを探すことは、彼女がもう帰ってこないことを認めたくないがための逃避行為なのかもしれない。


 今から二年前のあの日、忘れもしない大正十二年九月一日――関東大震災。


 帝都に住む何万人という人間が死んだ、あの地獄の日。


 あの日を最後に、たつきは初瀬の前から姿を消した。


 たつきのふわりとした笑顔も、聞いているだけで何だか落ち着くような優しい声も、今はどこにもない。彼女のその手のぬくもりも、初瀬の元から永遠に消え去った。


 初瀬のまだ十代の少女らしいあどけなさの残る顔の、その澄んだ双眸がどこか色を失い漠然と外界を見渡す様に眺めた時、彼女の意識は限りなく拡散して、まるで時を失った様になる。


 帝都の街路を歩く多くの人の顔と顔と顔を、初瀬は意識的に無意識的に認識し、記憶の中の面影と比較し、そして否認する。


 今も初瀬はたつきを探しているのか、それとももっと他の何かを探しているのか。自分でももう分からなくなっていた。


 だから、なのかもしれない。


 そう自分で思う。


 比較と否認。


 その日も初瀬は晩秋の夕闇に染まった浅草の雑踏の中にいた。瓢箪池の畔にある藤棚からぐるりと半周ほど回った枝垂柳の下、そこで古ぼけた木箱の上に一人ぼんやりと腰掛け、内面においてそんな作業をずっと繰り返していた。


「あの、いいですか?」


 不意に声を掛けられて、拡散していた意識が一点に戻る。前方にいつの間にか、初瀬と同じ年頃と思われる十代の少女が立っていた。


「あ、はい」


 思わず普通に返事をしそうになった初瀬は、少女の服装に気がついてドキリと心臓が跳ね上がった。即ち冬用の、深い黒色をしたセーラー服だ。


 女学生の服装というのは、矢絣の着物に袴姿と大体相場が決まっていて、セーラー服着用の進歩的な女学校は少数派である。だからセーラー服を見ればどこの学校の者か、分かる者にはすぐに分かる。


 ――桜ヶ崎女学院の生徒じゃないの。


 初瀬は相手に悟られぬよう警戒して身体を強ばらせた。何を隠そう、初瀬自身も桜ヶ崎女学院の生徒で、眼前の少女と同じ制服を着て、同じ学校に通っている。いわば同窓の徒である。


 しかし、それがまずい。


 初瀬の外観は、日本人の少女にしては彫りが深く、綺麗に整った目鼻立ちと透き通る様に白い肌がまず目にとまる。母方の遠い先祖が伊太利からの宣教師だったらしいと聞いた事がある。遠く胡乱な話だが、初瀬の顔を見ると皆さもありなんと納得する。そして色素が薄く、鳶色に近い長髪を深紅のリボンで後ろに結んだのが、普段の迎初瀬の姿である。


 しかし、今の初瀬の格好は、普段のそれとはまるで違っていた。さらにいうなら、おおよそ一般的な女学生もものともかけ離れている。


 深い紺色のローブに身を包み、顔や表情はは漆黒のヴェールで覆われていてその表情を窺い知る事は出来ない。中の人物の正体は悟られない様に工夫が施されているのだ。


 安来節の三味線の音色が遠耳に聞こえ、初瀬の向かいの辺りでは娘義太夫が演じられているこの日の浅草においても、初瀬のこの姿は人目を引くものがあった。まるで西洋の易者の様に、怪しげな格好である。


 それもそのはずだ。初瀬の左肩の少し上あたり、枝垂れ柳に一枚の張り紙がピンで止められてあり、そこには丁寧な字でこう書かれている。


『失せ物占じ 万見つけ〼(ます) 』


 今の初瀬が桜ヶ崎女学院の関係者に会うのはすこぶるまずい。まさかそれが知り合いだった日には、最悪である。


 易者紛いの失せ物探し。


 初瀬は今、秘密のアルバイトの最中なのだ。


「……どうされました?」

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