序章
研ぎ澄まされた刃の先には既に血が滴っていて、それに映った私の顔も赤い色をしていた。
私は刃先をハンカチで拭って血を払うと、傍らで眠っている少女に目を向けた。
その少女は全てが白かった。髪も、肌も、着ている服も――この少女だけ、色という概念が存在しないかの様に、全てが褪せてしまっていた。
呼吸をしているかどうかも怪しい。もう屍蝋になってしまった死体か、さもなければ蝋人形だと言われれば、そのまま信じてしまいそうだ。
それくらい、この少女には生命感がなかった。
「本当に生きてるの?」
呟く様に尋ねるが、返事はない。
今この場で目を覚ましているのは私一人だけなのだから、当然の事だ。
――生きている。
代わりに、頭の中に声が響いた。今の私の中には、私とは別の存在が住んでいてそれが時々話しかけてくるのだ。
「そうは見えないけれど」
――彼女はずっと、こうなんだ。
「ずっと――」
気の遠くなる様な年月を、白い少女はこうして眠っているのだそうだ。
茨姫なんかよりも、もっとずっと遙かな時を。
そんな彼女の眠りを私の都合で妨げるのは、酷く罪深い事の様に思えた。
――やめるのかい?
私の躊躇いを敏感に感じ取った声が尋ねる。
私は首を横に振る。右手のナイフを強く握って。
「ううん、やるよ。やる――」
やらなければならない。だけど、これは義務や使命とはまるで違う。
詰まるところ、私がやりたいから――そうするに過ぎないのだ。
だからこれはどう弁明しようと悪い事だし、それを為す私はどうしようもなく、罪人だ。
それでいい。
償い切れない様な重い罪ならば、どんな罰でも甘んじて私は受けよう。
私が私自身を失い、永遠に彷徨い続ける事になったとしても。
刃先を少女に突き付ける。少女は今も眠っている。吐息すら立てずに、眠り続けている。
「ごめんね。痛いかもしれない」
私は一言だけ呟いた。そして少女の胸に深く、深くナイフを突き立てた。




