終章 彼女達
明治期に女学校が出来て以来、少女達の間にロマンティックで叙情的な美意識を基盤とする、女学生文化が生まれた。
少女同士が友情以上恋愛未満の関係を形成し、憧れや崇拝を強く押し出す。彼女らは同性の先輩に憧憬を抱いたり、後輩に胸をときめかせたりした。
少女同士のこういった関係性をsisterの頭文字から取って『エス』と呼ばれる。それは、普段男性と交流する事がない彼女達にとって、恋愛の代替行為だったのかもしれない。
桜ヶ崎女学院の中で最も少女達の憧れを集める生徒といえば、誰の名があげられるだろうか。
まず一番初めに生徒達の口から漏れるのは三条蓬子の名前だろう。
良家のご令嬢ばかりが通う桜ヶ崎女学院の生徒達の中でも、三条蓬子は特に財産と地位に恵まれた家庭に生まれてきた。
しかし、蓬子がその事を鼻に掛ける事はない。どんな身分の生徒にも快活に接し、教師を相手にしたって飄々とした態度を平気で取る。三条蓬子という少女に周りの人間が重ねる期待、理想、そして重圧。そういうものを全て背負った上で、それでもなお、彼女は自分という存在を貫いている。
そんな彼女の自由さに、他の女生徒達は惹かれるのだ。
次に名を上げられるのは瀬川環だろう。音楽研究部の部長である彼女は、そのピアノの腕前もさることながら、小柄な体躯に似合わぬ自信に満ちた姿が強く印象に残る。
そして、何よりも彼女の特徴を際立たせているのが、その瞳だろう。同じ場所で同じ景色を見ているはずなのに、何故だか環は、自分達とはまるで違った世界を見ている様な、そんな気がするのだ。果てしなく遠い場所か、遠い未来が環の瞳には映っている。そんな事を、信じてみたくなる。
そんな彼女の不思議さに、他の女生徒達は憧れるのだ。
そして、もう一人。当初は至極地味な存在だったが、ここ最近になって前述の二人に迫る人気を得る様になった少女がいる。
彼女の名前を織川苑緒という。たった一人の天文部の部長を務めている彼女は、いつもどこかに憂いを帯びている。彼女の寂しそうな、もの悲しそうな横顔に、周囲の少女達は何かとても神秘的な物を見ていた。
そして苑緒と話をする機会があれば、きっと感じるだろう。
苑緒に、自分の心の奥深くまで全てを見通されているような、そんな感覚を。そして苑緒は柔らかな微笑みを漏らす。
これは、ほんの少し前の彼女にはなかった表情だ。苑緒の微笑みを見ると、自分の全てを知って、それでいて何もかもを受けいれてくれる様な、そんな気持ちになる。
何故だか、救われるような――そんな気がするのだ。
放課後、一人の少女が一通の手紙を大切そうに抱きながら、足早に校舎の玄関口にある下駄箱の前にやってきた。
ほとんど夜なべして書いた手紙である。憧れの『あの人』に、自分の気持ちを伝えるために書いたのだ。何て大胆な事を、と自分でも驚く。
いくら時間をかけても上手くは書けず、何度も何度も書き直したが、それでも何だかとりとめがない。
結局、自分が『あの人』に憧れている事、お友達になって欲しいことだけを端的に書いた――つもりだが、怖くてこれ以上自分では読み返せない。
この手紙を読んだ『あの人』はどんな顔をするだろう? どんな事を思うだろう?
馬鹿な娘だと笑うだろうか?
そんな想像をすると何だか泣きそうになるが、もうこの気持ちを抑える事は出来ない。
震える手で、少女は織川苑緒の下駄箱に、そっと手紙を入れた。




