終章 女学生と探偵②
環は小さく頷き、珈琲を口にする。そして仕切り直す様に言った。
「これは、単なる興味本位なんですけど。この事件の真相って、表の人には説明しづらいじゃないですか? それで、花房さんの元の依頼はどうなりました?」
神津直の自殺の原因を探って欲しい。事の始まりの依頼はそれだった。
「どうもこうも、あるがままを話した。いかれた話だがとりあえず最後まで聞いて欲しい、それで納得出来なければ後金はいらないと言ってな」
「どうなりました?」
「きちんと、後金まで払ってくれたよ。金持ちはありがたいもんだ」
「へえ――」
正直、前金まで返せと言われる事まで覚悟していたので、かなり意外だった。宮元も、深雪の音楽に対して思うところがあったのかもしれない。
「そうだ、ところで――」
環が花房の周りをきょろきょろと見回す。
「今日は、明神さんはいらっしゃらないのですか?」
「明神? 何故あいつの名前が出てくる?」
「何故って、明神さんは花房さんの助手でしょう?」
「違うぞ」
「え、えええ?」
環が心底驚いた顔をする。鳩が豆鉄砲食ったとはまさにこの事だ。深雪の音楽の魔法を食らった時でさえ、こんなに驚いてはいなかった。
「あいつは骨董屋の店員だ。俺がその店の店長に借金があってな。あいつはその取り立てがてら仕事を手伝っていただけだ」
おかげで宮元からの依頼料と成功報酬をごっそり持って行かれた。明神の働きぶりは分かっているので文句もいえない。折角の大金が目減りするのが癪ではあったが。
「は、はあ――」
環は完全に呆れ顔である。
「最近で一番驚きましたよそれ。何というか、不思議な人達ですねえ、花房さん達は――私がそう思うのですから、余程ですよ」
「そうか?」
花房に言わせてみれば不思議でも何でも無いのだが。
「なら今、花房さんには助手はいないのですね。そうか――」
今度は一人で考え込み始めた。何なんだ一体。
このままだらだら喋っていても埒が開かない。花房も本題を聞く。
「そもそも、お前は何でこんな所にいるんだ。奥山雲雀はもう捕まえたんだから、裏の管理人に戻るんじゃないのか?」
雲雀はあの後、裏側のさらに奥にある牢獄に幽閉されたらしい。裏側の犯罪者を収容する施設だそうだ。興味本位で雲雀に協力した八十谷惣也も同じくそこに入れられたらしい。どちらも抵抗する様子はなかった。
――三条蓬子は織川苑緒の元に辿り着いた。それがアマネの意思なら、私はそれに従うわ。
雲雀は最後にそう言った。その態度は実に平然としたものだった。環同様、永い時間を生きる雲雀の価値観は、花房達とは相当な隔たりがある。この挫折が彼女にとってどの程度の痛手なのか、正直分からない。
ともあれこれで、環の表における仕事は終わったはずである。それがまだ女学生の真似事をやっているのはどういうわけだ。
「おい、聞いてるか?」
「え? あ、ああ――」
何かを思案していた環が現実に引き戻される。
「これはまだ話してなかったと思うのですけど――私、本当は苑緒さんを裏側に送った後、彼女に影の式を教えて、雲雀に代わる新しい管理人になって貰おうと思っていたのですよ」
「そうだったのか」
「私は苑緒さんを雲雀から守るために、女学院に通っていました。それで影ながら彼女を見守っていたのです。でも、彼女はいつも何だか悲しそうでした。きっと異能のせいで居場所がないんじゃないかって、そう思ったんです。でも、裏側なら異能者なんて珍しくもないですし、私と一緒に管理人になれば安泰じゃないかと――」
環なりに気を遣っての行動だったらしい。とんでもなく、ずれているが。
「だからといって本人の同意も無しにいきなり拉致られたらいい迷惑だろ」
「――深く反省しています」
環は悄気返って俯いた。
「それで、お前がまだ表にいる理由は?」
「苑緒さんですよ。些細な能力ととはいえ、異能は異能。表の住人にはないものを彼女は持っていますからね。私としては、もうしばらく彼女の様子を観察したい、といった所です」
その時、カフェーの窓の外に見覚えのある二人の人影が並んで歩いているのが見えた。
「まだ私は苑緒さんの事を諦めていませんからね。もしやっぱり表に彼女の居場所がないのなら、帝都の裏側はいつでも彼女を歓迎しますよ」
「いや、どうやら――」
花房は二人の人影を眼で追いながら呟く。
間違いなく、歩いているのは苑緒と蓬子だ。花房と環に気付く様子はない。
苑緒が何か手紙の様な物を手に持っていて、二人ともそれに注目している。これではとてもカフェーの中の花房と環にまでは目が行かないだろう。
苑緒は何だか難しい顔をしている。しかしそれは不機嫌さや苦しさから来るものではなく、どことなく恥ずかしげな表情である。裏側で花房達と初めて顔を合わせた時の苑緒は酷く落ち着いた様子で、あまり女学生とは思えなかった。
何だ、こんな顔もするんじゃないか、と花房は思った。
帝都のどこにでもいるような、普通の女学生だ。
「――その心配は無さそうだ」
蓬子がからかう様に、苑緒の耳元で何かを囁いた。途端に苑緒の顔は真っ赤になる。それから手に持った手紙らしき物を、大切に鞄にしまった。




