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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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64 「さよなら」

 浮かぶ、飛ぶ、翔る、落ちる。訳が分からないまま渦に巻き込まれてぐるぐるかき回されている。しかし、強く握った手は決して離さない。


 不意に、真っ白な世界に蓬子は放り込まれた。先程までの闇の中とは違う、物理的な空間だと分かる。空中に投げ出された蓬子は重力に従いそのまま落下する。


「うわあ!」


 地面に激突した、と思ったが何か柔らかい物の上に落ちたらしくそれ程の衝撃はなかった。蓬子はほっとする。


 辺りを見回す。上も横も何もかも、あたり一面真っ白な、純白の世界だ。塔の最上階で眠っていたアマネの白色を思い出す。ここが、アマネの深淵なのだろうか。


「ちょっと蓬子、どきなさいよ――」


「え? うわあ!」


 自分の下から苦しげな呻き声が聞こえて、蓬子は思わず飛び退く。落下の衝撃で頭を打ったらしい苑緒が痛々しげに額を抑えながら、よろよろと立ち上がった。


「苑緒――」


「蓬子はいつも強引なのよ。私の気持ちなんて全然考えないで、突っ走って、こんな所まで追い掛けてきて。あんなに言われたら――断れないじゃないの」


 少しの間、呆然としていた蓬子だが、ややあって唇の端を曲げて露悪的な笑みを作る。今度は上手くいっていると思う。


「ねえ、蓬子。私は貴女と同じ世界にいてもいいのかな。どこにも居場所のない私が――」


 苑緒はまた泣きそうな顔をした。意外と涙脆い奴だったのだろうか。苑緒がそんな顔をまたしていたらひっぱたく、とか誰かに啖呵を切ったような気がするが、本人を前にするとそんな真似はとても出来そうにない。代わりに頭をぽん、と軽く叩いた。


「あるよきっと。君の居場所はどこかに必ずある。戻ったらそれを一緒に探そうよ。それが見つかるまで、私が苑緒の居場所になってあげるからさ」


「――馬鹿」


 苑緒はセーラー服の裾で目元をごしごし擦った。なんだ、やっぱり涙脆いじゃないか。


「さ、帰ろうぜ。って言ってもどうしたら帰られるんだろ」


 どこどこまでも白しかない。移動して景色が変化するとも思えない。さてどうしたものか、と思った時、いきなり目の前に扉が出現した。驚きつつも扉を開くと、長く長く下に続く階段と、宇宙の様な闇と星の空間が見えた。


「ここから帰れって事なのかな?」


「多分」


 ここでまごついていても仕方がない。二人は扉の向こうへ足を踏み入れる。二段ほど降りたところで、はっと苑緒が後ろを振り向いた。


 どうしたのだろうと思いつつ蓬子もそちらの方を見る。


 白の世界に、十にも満たないくらいの幼女が佇んでいて、じっとこちらを見送っていた。


「何だい、あの座敷童は」


「彼女がきっと、蓬子を私の所まで呼んでくれたのよ」


「そうなのか。だったら礼を言わないとね。ありがとう」


 少女が小さく手を振った。


「さよなら」


 次の瞬間には幼女の姿もうどこにもなかった。瞬きする間に、消えてしまった。


 ――ありがとう、アマネ。私はもう少し、あっちで頑張ってみるわ。


 苑緒が小さな声で呟いたのが、蓬子には聞こえた。


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