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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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62 天文部にて

 目を開くと、どこかの部屋の中にいた。


――どこだろう、ここは?


 何だか頭の中に霞が掛かった様にぼんやりしている。ややあって眼に入る情報を少しずつ頭脳が認識していく。


 何だか見覚えがある場所だと思った。


 壁は木で出来ている。きっとこの建物は木造なのだ。部屋の隅には幾つか本棚があって、中には天体に関する書籍が並べられている。窓際には簡易式の天体望遠鏡が置かれてあり、余程大切にしてあるのだろう、まるで新品の様に磨き上げられている。


 部屋の中心には大きめの机と椅子があり、机の上には惑星の資料や天球儀が置いてある。奥にある階段はこの部屋だけの特徴である。屋上のテラスに通じていて、そこから天体観測が出来るのだ。


 ここは、蓬子のよく知っている場所だ。


 ――桜ヶ崎女学院の、天文部の部室だ。


 理解と同時に蓬子は困惑する。


 どうして自分はこんな所にいるのだろう。確か、環の罠にはまって帝都の裏側とやらにやって来た。そして、その裏側の創造主であるアマネの眠る塔にいた。そして周りが止めるのも聞かずにアマネに触れて――


 そこから先の記憶が無い。だが、ここは蓬子のよく知る表の世界の学校の教室である。


 まさか、戻ってきたのだろうか?


 蓬子ははっとして、周囲を見回す。苑緒の姿は見当たらない。


 その時、がちゃり、とドアのノブを回す音が聞こえた。テラスに続く扉の方からだ。反射的に蓬子はそちらを向く。


「あ――」


 思わず気の抜けた様な声が唇から漏れる。


 テラスの扉の向こうから、黒いセーラー服の少女が姿を現した。長い黒髪、陶器の様に白い肌、そして昏い瞳。織川苑緒がそこにいた。


 離ればなれになってからまだ半日と経っていないのに、苑緒と会うのは随分久しぶりな気がした。色々な感慨がせめぎ合って言葉が出てこない。階段を降りる苑緒を、蓬子はただ呆然と見ていた。


 階段を降りたところで苑緒はようやく蓬子の存在に気が付いたらしい。蓬子を見て、少し不思議そうなに小首を傾げる。


 そこでようやく蓬子は我に返る。


「苑緒!」


 その名を呼び、駆け寄る。苑緒の両手を握り、上下に振り回す。


「苑緒、ようやく見つけた! 迎えに来たよ! 雲雀の奴、私はアマネの奥には入れないなんて言ってたけど、あはは――大した事ないじゃないか。まあ、実際私も君がもうアマネの心に入り込んでしまったと知った時にはどうなる事かと思ったけどね。何にせよ君が無事でよかった。ここは天文部の部室だよね? 私達は表に戻ってきたのかな?」


 蓬子は早口で捲し立てる。まさに立て板に水、いつも通りの調子だ。何度も苑緒に呆れられたけれど、今はそんな事どうでもいい。


 しかし、苑緒の反応は鈍かった。いや、返しの言葉が出ないままに曖昧に笑顔を作っている感じだ。まるで、何かに戸惑っているような――


「苑緒――?」


「えっと、あの、気を悪くしたらごめんなさい。私は確かに苑緒といいますが――」


 ――貴女は誰ですか?


 苑緒は本当に、申し訳なさそうにそう言った。


「え?」


 蓬子は戸惑う。誰ですかも何もない、蓬子は蓬子だ。苑緒がそれを知らないわけがない。


「おいおい、冗談を言ってる場合じゃ――」


 苑緒の表情に、言いかけた言葉がどこかに消えた。


「まさか、本当に私が分からない?」


 苑緒はこくりと頷いた。


「そんな――」


 どういう事だ? 一体何が起きている?


 正直、今の苑緒の反応で蓬子は結構傷ついたが、感傷的な気持ちは強引に脇に押しやった。混乱する頭を出来る限り正常に働かせようとする。


 何が起きている? もう一度反芻する。記憶喪失? いや――


 何かがおかしい。苑緒が自分を忘れるはずがない。私達には深い絆が――などと嘯くつもりはない。そのつもりはないが、感情論を抜きにしても、苑緒が蓬子を忘れているのは受け入れられない。どう考えても不自然だ。


 不自然といえば、この教室。蓬子は本当に表に戻ってきたのか? 冷静になっていくら記憶を辿っても、蓬子が表に帰られる理由は何一つ見当たらない。


 蓬子が一つの結論に至るのにさほどの時間は掛からなかった。


――私はまだ、アマネの心の中にいるのか。


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