58 「貴女と一緒にここで」
言われて苑緒は気付く。この人は帝都の裏側に来て最初に出会った、常夜の通りの露店にいた老人だ。
「ここは、アマネの家が焼き討ちになった時の記憶。アマネが最後に見た表側の夜空。だから常夜の通りの空は、この日のままに固定されているのです」
「孫、と言いましたね。貴方はアマネの祖父なのですか?」
老人は微笑む。
「本物の私はこの夜、死にました。この私はアマネの能力で作られた偶像に過ぎません」
アマネの持つ異能。想像を現実に変える力。異世界をまるまる一つ作り上げる程の能力だ。死んだ自分の祖父を再現する事も可能なのだろう。
「アマネは人と人ならざる者の間を取り持とうとした。双方の憎しみの連鎖を終わらせるために、命の尊さを伝え、広めていこうとした。どうして――どうしてこんな事に?」
殺され、殺し、殺され、また殺す。どちらかが滅びるまで永遠に続く破滅の螺旋。それを断ち切ろうとしただけだと、苑緒は雲雀から聞いた。
老人は悲しげに首を振る。
「恐れていたのです。アマネを、アマネの力を。人々から見たら――アマネも、人ならざる怪物も、同じ様にしか見えなかった」
「ああ――」
おおよそ、予測していたものと同じ回答。苑緒はやる瀬ない思いで空を見上げる。
赤い夜空。これだけの炎だ。きっと朝まで消える事はないだろう。
だから常夜の通りに赤い夜を灯す炎は、永遠に消える事は無い。
苑緒は呟く。
――アマネ。本当は、気づいていたのでしょう?
世界がまた、ぐるりと回転する。
そこは無の空間だった。草も風も土も石も何もない。
ただ、真っ白な世界。無限に広がる白だけがそこにあった。
そこにまたアマネに立っていた。今度は童の姿ではない。髪の色こそ違うが、ここに来る前に見た、眠っているアマネと同じ年格好である。
「こんな所まで来たのね」
アマネの声は低く、落ち着いていた。
「貴女も私と同じなのね。人であり、異能を持って生まれてきた」
もっとも、能力の性能は桁が違う。アマネに比べたら、苑緒の能力なんてちっぽけで、存在しないのと一緒だとすら思えてくる。
――しかし、それでも。
「私達は同じ孤独を持っているって?」
苑緒が思う言葉の先。アマネはそれを言った。
孤独。そう、孤独だ。自分と同じ世界にいる人間は誰もいないのだから。
「ねえ、アマネ。貴女は高い理想を持って、人と人ならざる者の溝を埋めようと努力してきた。そう聞いているわ。でもね、私は思うの。貴女が殺し合いを辞めさせようとしたのは、憎しみを終わらせようと説いたのは、決して命が尊いからじゃない。そんな高邁な、神様みたいに気高い心で、動いてなんかいなかった」
これは苑緒だから思った事かもしれない。人として生まれながら人ならざる異能を持った苑緒だから、感じた事。
アマネは苑緒の言葉を黙って聞いている。
「貴女はただ、大きな事をしたかっただけ。立派な事をやり遂げたかっただけ。他の誰にもなしえなかった事を、貴女の手で成功させたかった。そして――」
苑緒は言葉に詰まる。思う事も言いたい事もはっきりとしているのに、何故か言葉だけが出てこなかった。
「――そして私も人間だと、人間の仲間だと、認めて欲しかった」
アマネが、言葉の後を継ぐ。俯いていた苑緒がハッとしてアマネを見る。
「そうよ。それだけ。私は寂しかった。人ならざる者から人を守りながら、それでも私は人から恐れられていた。私は怖くなんかない、仲良くしたい、私も人間なんだと――皆から認めて欲しかった。人とあやかしの戦いを終わらせれば、それで争いのない世界でも作れば、きっと認めてくれるんじゃないかって、そう思った」
そう言って、アマネは微笑んだ。どこか、寂しそうな笑みだ。
「でも、駄目だったわ。結局――」
先程見た赤い夜空を思い返す。アマネのそんな思いは、誰にも伝わらなかった。
「それならせめて、私みたいな異端者でもいられる世界があればいい。そう思って、裏側の世界を作った。でもまだ表への未練があったのかしら、出来たのは表の世相と同調して変わっていく世界だった。変わらないのはあの日見た空と、森だけ」
「苑緒さん、貴女は私に何か用があって来たのかしら?」
「ええ――」
苑緒は頷く。
「貴女を千年の眠りから覚ましてこいって、そう言われてきたわ」
アマネは少し驚いた様に眼を瞬かせる。
「構わないけど、私にもどうなるか分からないわよ?」
「ふふ――」
全知全能の様な力を持ったアマネが自分の言葉に驚いたのがおかしくて、苑緒は少し笑ってしまった。
「いいえ、そんな事はしないわ」
別に失敗しても構わない、と雲雀とは既に約束しているから。
「ただね。一つだけお願いがあるの――」
何となく、ここに来る前から想像していた通りだった。
アマネは、苑緒にどこか似ている。
世界に拒絶された少女。どこにも自分の居場所なんて、ない。
――私も、貴女と一緒にここで眠らせて貰えないかしら?




