57 苑緒とアマネ
その瞬間、意識の中の何かが弾けた。目の眩む様な光が頭の中で破裂したようで、また強い風が全身を突き抜けたようでもあった。
闇の中に、苑緒は投げ出されていた。身体の感覚も何も無い。全てが闇に溶けてしまった様に。意識だけが、ただ暗闇の中を凄まじい速さで落下していく。落ちていく感覚だけがある。
深く、深く――
気が付くと、苑緒は見知らぬ断崖に立っていた。もう何歩か踏み出せば、奈落に落ちてしまいそうな程に切り立った崖の端に、苑緒はいた。眼前には、果てしなく青い空と、水平線が見える。岩を叩く波の音だけが辺りに響いている。一陣の涼風が吹き抜け、苑緒の髪を揺らした。
振り返ると、一人の少女がじっと苑緒を見ていた。先程見た、眠り続ける少女と似ている。しかし、風にはためく、腰程まである長い髪は黒い。また肌は蝋の様に白いが、それでもどこか人のぬくもりが存在しうる白さだ。
「貴女が、アマネ――?」
少女は静かに頷く。このアマネは苑緒が想像していたよりも、ずっと幼かった。童といっていい。きっとまだ十にも満たないだろう。先程塔の最上階で見たアマネは、もう少し成長していた様に思う。
――ここがアマネの心の中だから、なのだろうか。
「おねえさんは?」
「私の名前は苑緒。織川苑緒よ」
「おりかわ、そのお――」
舌足らずにアマネは反芻する。
――苑緒お嬢様。
どこかで聞き覚えのある声が背後から聞こえて、苑緒は振り返る。
千代だ。千代が崖の端に立っている。怯えるような顔で、苑緒を見ている。
「千代、どうして――」
「私は、お嬢様が怖い――」
「違うの! 待って千代! 私は――」
駆け寄って、伸ばした苑緒の手は空を切る。千代の姿はもうない。
はっとして、苑緒は後ろを振り向く。アマネが、何か不思議なものを見るような顔つきで苑緒を眺めている。
「そのおは、にんげんじゃないの?」
「私、私は――」
その時、世界がぐるりと回転した。
次の瞬間、苑緒は断崖にはいなかった。深く、暗い森の中に苑緒は立っていた。既に夜になり、満月に星が瞬いている。
夜。それにしては、異常に明るい。
――空が、燃えている?
最初、苑緒はそう思った。しかし赤いのは空ではないと直ぐに気が付く。燃えさかる炎は地上にある。どこかで、何かかが燃やされているのだ。
「やれやれ――」
白髪の老人が、よろよろとした足取りで木々の影から出てきた。その姿に、どこかで見覚えがある気がした。苑緒に気付くと、老人は小さく頭を下げた。
「また会いましたねお嬢さん。孫に会いに来てくれたのですね」




