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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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5 依頼人②

「エスについては大体分かったわ。それで、それがどうかしたの?」


 苑緒は何でもない風に話を繰り出す。他人の心は覗き見しているのに、自分の動揺を悟られまいとしているのは、どこか滑稽な気がした。


「うん。私にエスはいない。当然君にもいない。でもいる人にはいる。というわけで紹介するよ。入っておいで」


 蓬子はそう言って部室の入り口に向かって手招きをした。すると三つ編みの可愛らしい少女がおずおずと部屋に入ってきた。


 苑緒は人の顔と名前を覚えるのはあまり得手な方ではないが、彼女については特に見覚えは

ないと断言出来る。きっと話したことも無いだろう。


 蓬子はその事は予め承知の様で、彼女の紹介を始めた。


「彼女は池沢松子さん。音楽研究部のフルート担当。彼女の演奏はなかなかのものだから機会があったら一度聞いてみるといいよ」


 松子は苑緒に向かってぺこりと頭を下げた。

 音楽研究部というと、この桜ヶ崎女学院の中でもかなり規模の部活動だ。部員は総勢で五十名を超えていた様に思う。


 ちなみに苑緒が所属しているのは天文部。部員は苑緒一名だけである。必要以上に人と関わる事を厭う苑緒ではあるが、天文部に自分以外の人間がいなかったのは全くの偶然である。


 蓬子は苑緒が一人で部室を独占するために狙ってやったのではないかと冗談めかして指摘してくるが、そんな面倒な事をするくらいなら帰宅部でも構わない。苑緒は元から天文学に少し興味があり、入学を機に天文部に入ったら他に誰もいなかったと、それだけの事である。


 もっとも、それを幸運だったと思っている事までは否定できないが。


 松子が苑緒に向かって自己紹介をする。


「あたし、池沢松子って言います。あの、よろしくお願いします」


「あー、えっと、私は織川苑緒。よろし、く?」


 話が見えない。何をどうよろしくすればいいのだろう。


 そもそも先程のエスの講釈とこの松子はいかなる関係があるというのか。まさか自分と姉妹になってくれなどとは言うのではないだろうか。冗談じゃ無い。


 苑緒はちゃんと説明しなさいよ、と蓬子を見た。


「おお怖。そんな睨まないでくれよ。実は松子さんにはちょっとした悩みというか、相談事があってだね。最初は私が聞いたのだけど、これは苑緒にも話を聞いて欲しいと思ってさ。ほら、君には『あれ』があるから」


 『あれ』とは、苑緒の嘘を見抜く能力の事を言っているのだろう。


 それが何かの役に立つような相談事なのだろうか。


 蓬子は苑緒の能力をはっきりと認識している唯一の存在である。苑緒の家族は苑緒がそういう力を持っているらしい事に何となく気がついているが、確信はない。


 だからまるで、妖怪か何かを見る様に、苑緒を気味悪がっているのだろう。


 まあ、今更実際にそういう力がありますと家族と宣言しても、気味悪がられるのは同じだろうけども。一方の蓬子が苑緒の能力についてどう考えているのかはよく分からない。


 ――君は、自分で思っている程には冷たい人間じゃないのかもしれないね。


 能力を明かした時、蓬子にそう言われた。


 結局冷たいには変わりないじゃないのよ、と思ったが、それ以来蓬子は苑緒に積極的に関わってくる様になった。


 少なくとも気味悪がってはいない様ではあるが。


「苑緒も含めてもう一度説明して貰えるかい?」


 松子はこくりと頷いて、言った。


「あたしは音楽研究部の会長の、瀬川環先輩に――その、憧れてるんです」

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