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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
59/180

55 破壊

 音波は明神の式では防げない。激しい、波打つ様な旋律が聞こえた瞬間、凄まじい目眩が花房を襲った。平衡感覚も何もかもが滅茶苦茶になってまともに立つ事も出来ない。


「く――」

 花房はその場に倒れた。明神の光の膜も同時に消滅する。集中力を乱されれば式は維持出来ない理屈である。


「どうやら、ここまでみたいだね」


 勝ち誇った惣也がほくそ笑む。視界がぐにゃぐにゃと歪んでいる。


「まあ、表の人間にしては頑張ったと思うよ。戦いになる前に隙を突こうとしたのは流石だと思う。でも、まともにやり合えばこんなものだよ」


 数本に別れた触手が集まって、一本の巨大な触手になっている。これでひと思いに潰すつもりらしい。


「隙を突く――か。確かに狙っていたよ。人質交渉でお前が喋っている時が一つ。そして――」


「じゃあねおっさん、ばいばい!」


 巨大な触手が花房達に振り下ろされる。


 ――神津深雪の音楽を使った時、だ。


「なに?」


 振り下ろされた触手は光の膜に遮られて動きを止める。


「残念でしたね。届きませんよ」


 ゆらりと起き上がった明神が微笑む。惣也の表情が驚愕に歪む。


「一体どういう――」


「おっと少年。大事な物が危ない事になっていますよ?」


 明神に指を指されて、惣也ははっと手元の金魚鉢を見る。いつの間にか、金魚鉢に黒い影が巻き付いている。同時に黒い影は深雪のヴァイオリンにも絡みついている。


 起き上がった環が、深雪を睨む様にして式を操っている。


「いや――やめて――」


 深雪の顔が恐怖に引き攣る。


「――ごめんなさい」


 環が手の平を強く握る。影が、深雪のヴァイオリンを強引に捻り壊した。演奏は止まる。同時に花房を襲っていた目眩も消えた。


 そして締め上げられた金魚鉢にも、ぴしりとひびが入った。


「油断しましたね惣也。私達の勝ちです」


 環の言葉と共に、金魚鉢が割れた。同時に鉢の中に閉じ込められていた蓬子が解放され、瞬時に元の大きさに戻る。


「そのガキを抑えろ三条蓬子!」


 目眩から解放された花房が叫んだ。


「言われるまでもないぜ見知らぬおじ様!」


 蓬子は惣也の服の襟足を掴むと、そのまま惣也の身体を持ち上げ床に叩き付けた。どうやら彼女には柔道の心得があったらしい。容赦無く強かに全身打たれた惣也は苦痛に呻く。


「俺達の勝ちだな」


「どう――して――」


「神津深雪が音楽の魔法を使うのは俺達だって知ってる。耳栓なんて思いつくのが、お前だけのわけがないだろう、ガキ。初めから露骨に耳栓していたら警戒されるから、あえてお前らと喋って、音が聞こえている印象を付けただけだ。俺がいきなり銃撃して注目を集めた瞬間に、後ろの二人がこっそり耳栓をつけた。あのまま水の式で叩き潰されたらどうしようもなかったが、欲を出して神津深雪を使おうとすれば、きっと隙が出来ると思っていた」


 惣也が悔しげに花房を睨む。


「まんまと、やられたわけか――環姉ちゃんにはこの因果が見えていたのかな?」


「さあ、どうでしょうね?」


 ヴァイオリンを破壊された深雪は、魂を抜かれた様にその場に座り込んでいる。花房達は蓬子の方に歩み寄る。


「三条蓬子さん――ですね?」


 惣也を抑えながらも、花房の確認に蓬子は頷く。


「ええ、間違いなく私は三条蓬子ですよ。助けてくれてありがとう、見知らぬおじ様にお兄様。そして――先輩?」


 蓬子が環を睨み付ける。まあ、当たり前の反応だろう。環が影で惣也を縛り上げた。


「随分久しぶりな気がするわね蓬子さん。ご無事で何よりだわ」


 環の平然とした態度に蓬子が溜め息を吐く。


「おじ様たちにゆっくり礼を言いたいし、先輩には聞きたい事がたくさんある。だが、今はそれどころじゃないんだ。――苑緒はどこにいる?」


「おそらく最上階、アマネの眠る部屋に向かっているはずです」


「そうかい」


 聞くが早いか、蓬子は脇目も振らずに走り出した。


「お、おい!」


 花房の制止を聞く様子もなく、蓬子は上階への扉を開き、姿を消した。


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