54 開戦
抜き撃った拳銃を構えたまま、花房は言った。確かに花房とて、撃ちたくないものはある。女子供など、最悪の部類だ。しかし、八十谷惣也は実際のところ、瀬川環がそうであった様に、花房より年長な上にそもそも人間ですらないのだろう。
さらにそいつが三条蓬子を人質に取っている状況なら、花房は撃てる。見た目に惑わされず、冷酷に引き金を引く事が出来る。下手に構えさせて式神など使う前に、気を抜いて喋っている間に撃ってしまえば良い。
「いや、頭で分かっていてもなかなか出来る事じゃないですよ」
明神は呆れた顔で言い、金魚鉢を回収しようと一歩を踏み出す。
その時、ぴちゃり――と水音がした。
「待て明神!」
花房が叫んだ時、撃たれた惣也の身体が、まるで水風船の様に弾けた。
「えっ?」
思わぬ出来事に明神が硬直する。その瞬間、透明な液体で出来た鞭らしきものがどこからか飛んできて、明神の身体を打ち据えた。明神は衝撃で床に倒れる。
「ちっ!」
花房は銃の照準を変える。が、それよりも早く水の鞭が銃を弾き飛ばした。
「躊躇わず撃つなんて流石、環姉ちゃんがわざわざ表から連れてきた助っ人なだけあるね!」
愉快そうな声。瓦礫の影から、金魚鉢を抱えた少年が現れる。八十谷惣也だ。
「水人形、ですか――!」
「そんな事も出来るのかよ」
花房は舌打ちをする。つまりあの惣也は水の式で出来た偽物だったという事だ。惣也の周囲には水で出来ているらしい数本の触手が、まるで軟体動物の様に蠢いている。
惣也の口元は笑っているが、目付きは先程までとはまるで違う。ずっと好戦的な、獲物を狩る獣の眼だ。
「どうやら人質作戦なんて通じそうにないね。このおっさんは交渉する程危なそうな気がするし。だったら、こっちも全力でいかせて貰うよ!」
惣也が叫ぶと、水で出来た触手が一斉に花房達に襲いかかる。環が影の式で受け止めようとしたが、全て一瞬でねじ伏せられる。
「明神!」
「またですか!」
明神が陰陽札を床に叩き付ける。光の膜が現れて水の触手を受け止めた。昨日と同じ様な状況だ。惣也も環と同様、膂力は大したことはないだろう。近づければいくらでも無力化出来るだろう。しかし、それが困難である。また明神の式が破られるまでのジリ貧だ。
「これが表の式神かあ。大したこと無さそうだね。別に僕の式でも破れそうだけど。――でも、これは防げるかな?」
惣也の言葉に花房ははっとして深雪の方を見る。深雪がヴァイオリンを構えている。
「昨日はこれで環ねえちゃんを倒したみたいだけど、今日は立場が逆だね。さあどうする?」
水で出来た玉がふわふわと浮き上がり、惣也の両耳についた。耳栓だろうか。
「ごめんなさい、探偵様」
「おい、よせ――」
止める間もなく深雪が演奏を始める。




