48 アマネ
帝都の裏側の成り立ち、か。表の帝都で忘れられたや何かが集められた場所、とは聞いたが、それがどうして生まれたのかまではまだだった。
今現在起こっているあれやこれやに気を取られて、歴史などにまで思いを巡らせる余裕がなかったのだ。なので、今の明神の中で帝都の裏側の非常識な部分については『とにかくそういうもの』という乱暴な認識で片付けてしまっていた。
花房の方は淡々と足を進めていて、あまり熱心聞こうという表情ではない。あまり関心がないのかもしれない。
「昔、昔――ずっと昔の事です。まだ現在の帝都のあたりに、都市どころか人里もろくになかったくらい昔の話です。地上に住んでいたのは人間だけではありませんでした。現代の人間のいうところの神々、妖怪、まあ言い方は何でもいいです――そういう人ならざる者も、この時代は普通に存在していました」
日本書紀などにある世界観だろうか。神代からの話とは、さすがに気が遠くなる。今回の事件と関係があるとはとても思えないが。
「とはいえ、共存共栄の関係ではありません。食う者と食われる者、敵対的な関係でした。まあ当然ですよね。彼ら人ならざる者は個の力で、人間よりもずっと強い存在でしたから。しかし人間の方も、時と共に集団の力で彼らに対抗する術を持つ様になりました。個々の能力ではとても敵いませんが、集団で知恵を絞り、罠を張り、人ならざる者を退治し始めました。そんな時代に、一人の少女が生まれました。彼女の名前をアマネと言います」
歩みを進めながらも、環は言葉を紡いでいく。
「アマネは人間です。ただし、普通の人間とは違います。彼女は人間でありながら、人ならざる者が持つ様な異能を、生まれながらにして持っていました。それもとびきりの、私の様な制約が多い物でも、雲雀の様な自分自身には影響を与えない物でも、織川苑緒の様な些細な物でもない、ある意味では神に匹敵する強力な物です。――彼女は想像を現実に変える力を持っていました」
「想像を、現実に?」
思っただけでそれが現実に起こる、という事か? それはまた、何というか、とんでもない能力もあったものである。
「アマネ自身は穏やかで優しい性格だったといいます。本当のところはどうだか知らないですけど。まあ、そんな優しい彼女はその能力を悪用する事はありませんでした。彼女の能力はどの人ならざる者よりも強力でしたから、それで人間を守っていました。しかし、彼女は次第に疑問を抱く様になります。人と人ならざる者が争い、殺し合いを続けて何になるのか? このまま互いが憎みあっても、殺し合いの連鎖が続くだけではないか? どちらかが滅びるまで殺し合って、そんな事に意味はあるのか? とね。そして、思ったのです。争いをやめて共存出来ないか、と。彼女は時代に向けて行動を開始します。人間も人ならざる者も皆平等で、お互いに尊重し合うべきだと、訴えたのです」
「それは立派な志ですね」
明神は感心して言った。上手くいくかどうかは別にしても、立派ではあると思う。
「人ならざる者は普通の人間を軽んじる傾向にありましたからね。アマネは彼らにも、人間一人一人は尊いもので、だからみだりに殺してはならない、と説いて回りました。次第に人ならざる者達も彼女の教えに感化されて、人を襲う事をやめる様になっていきました」
「それでめでたしめでたし、ですか?」
いいえ、と彼女は首を横に振る。そして皮肉な笑みを漏らす。
「ある日、彼女の家は焼き討ちに遭います。真夜中に目が覚めた彼女は逃げ場のない状態で、炎に囲まれていたのです」
「彼女に退治された人ならざる者の仕業ですか?」
「いいえ、彼女が守ろうとした普通の人間達に――です」
「それはまた皮肉な話ですねえ」
結局、アマネの理想は理解されなかったわけだ。
「当たり前だ」
ずっと黙っていた花房が冷たく言い放つ。話を聞いていたのが意外だった。
「あら、随分な言い草ですね?」
「アマネのいう共存共栄は結局の所、強者の視点でしかないんだよ。アマネは妖怪や神々よりも強いから、人と化け物が平等に見えただけだ。化け物にいくら道徳心を説いた所で奴らの力が弱まるわけでも何でもない。ただ、気持ち一つで人に危害を加える事を止めるだけだ。そうしたらまた気持ち一つで人間を襲う様になるかもしれない――と人間の方は思うだろうさ。詰まるところ、アマネの共存共栄は動物愛護、生類憐れみの令に過ぎない。少なくとも、普通の人間はそう解釈した。だから行動を起こしたんだ。我が身を守るために、な」
環は感心した様に何度か頷く。
「なるほど。正直ここの辺りの機微は私には理解出来なかったのですが、さすが花房さんです」
やたら露悪的な部分はあるが、大筋は明神も花房と同意見だった。
きっとアマネは強かった。時代を変えようと思うほど強かったから、弱い者がどういう風に世界を見ているか、分からなかったのだろう。きっと当時の人間からしてみれば、アマネも怪物の仲間に見えていたに違いない。
「炎の中で、アマネは自分の理想が破れた事を知ります。想像を現実にする力を使えば炎なんて簡単に消せたはずですが、そうしませんでした。彼女は己の力全てを使って、異世界を作り上げたのです。表の変化と同調している理由は私にはよく分かりません。アマネがそういう風に作ったということなのでしょうけど――ともあれそれ以来、行き場を失った者達はこの裏側の世界に来る様になった。時と共に裏側の世界は広がりを見せ、人ならざる者達による独自の文化が形成された」
「それが今でいう帝都の裏側――ですか」
そういう事です、と環は首肯する。




