4 エス
特に教えてくれとも言っていないが、蓬子は勝手につらつらと説明を始めた。
「一応説明しておくとね。エスというのはsisterhood、あるいはsisterの略だ。読んで字の如く、姉妹という意味だが、実際に血を分けた姉妹というわけではない。我々女学生同士が、特別な相手に対して、友人とは少しく違った関係性を結ぶ、という事だ。基本的には先輩後輩が多いが、教師と生徒、同級生同士という組み合わせもあるらしい。対等な関係というよりは、姉が妹を庇護し、導く、という形が多いね」
「その、友人とは違った関係というのが分からないのだけど」
「友人であり、姉妹であり、恋人であるのさ。思慕、敬愛、崇拝、憧れといった感情を強く押し出し、互いを特別な存在とするのさ」
なるほど、これは普通の友人関係ではないことだろう。少なくとも、苑緒は蓬子に対してそういう感情は持っていない。
「思うに、私達は殿方との出会いが極端に少ないだろう? 私にしたって普段話す異性は父上と兄様くらいのものだ。それでも私達は人間だから、恋を求める心はあるわけだ」
「それで、同性にって事? 益体もない話ね」
「実際に肉体関係を結ぶことは奨励されてないがね。そういうのはむしろ軽蔑されている」
生々しい話を蓬子は平然と口にする。苑緒は少し顔をしかめたが、蓬子は素知らぬ顔である。
「思慕、敬愛、崇拝、憧れといった感情を強く押し出すと言ったよね。エスはあくまでプラトニックな間柄なんだ。大事なのは精神的な結びつきだ。まあ今でこそ殿方と出会う事などまるで無い私達だけど、いずれ高等女学校を卒業したら、父上が決めた家に嫁に行く事になるわけだからね。そういう、見えている自分の将来への逃避も、無いとは言えないと思うね」
先程から蓬子は『私達』という言葉を多用している。このエスというのは女学生特有の文化なのだ
から、同じく女学生である蓬子が『私達』と言うは、別におかしな事ではないのだが、苑緒は蓬子の口振りからどこか皮肉な印象を受けた。
主語に自分自身を含めておきながら、あくまで客観的に分析しているからだろう。だからまるで他人事の様にしか聞こえない。
「それで? 蓬子にも妹様だか姉様だかがいるの?」
苑緒の問いに、蓬子は予想通り首を振った。
やはり、他人事なのだ。
「いないじゃないのよ」
「それで逃げおおせるほど、私の現実は甘くないのさ」
そう言って蓬子は口の端を歪めた。
冗談めかして言っているが、苑緒には蓬子が嘘を言っているわけでは無い事、つまりこの言葉は蓬子にとっての本音である事が分かる。
分かってしまう。だから苑緒は他人と話をするのがあまり好きではないのだ。
まるで他人の心を覗き見している様だから。