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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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46 「世界を」

「貴女とは別にもう一人、異能を持った表の人間を私は知っているの。その娘、どうなったと思う?」


 いけない。彼女の言葉に耳を貸すな。本能がそう告げている。


 しかし、金縛りにあった様に身体が動かない。直接頭の中に響いてくる様な彼女の声から逃れられなかった。


 表にいる、もう一人の異能者。


 聞くべきではないと思う一方で、苑緒は雲雀の次の言葉を待っている。まるで魅入られたかの様に。


「彼女は音楽の好きな娘だったわ。父親の意思を継いでプロになりたいと思っていたけど、一方で自分にそこまでの才能はないのは分かっていた。でもある日、彼女はある才能を手に入れたの。音楽によって人の心を動かせる、いえ――むしろ操作出来る様になった、と言った方が正確かしらね。人を感動させる事も、歓喜に酔わせる事も、涙に暮れさせる事も、精神を掻き乱す事だって可能な、それはまさに音楽の魔法」


 雲雀の紡ぐ言葉は全て本当だという事が分かる。


 だからこそ、苑緒はその呪縛から逃れらない。出鱈目だと一笑に付す事が出来ない。


「彼女は天才ヴァイオリニストとして、瞬く間に有名になったわ。当然よね。聴衆も評論家も皆、彼女の演奏に感動しない人間はいないのだから。そうやって彼女はデビューし、今までとは違う世界に降り立ち、賞賛を浴びる事になった。初めは彼女もとても喜んだわ。演奏家として評価されたいと思うのは誰でも抱く憧れだし、やっと父親の夢を叶える事が出来たのだから。でも、彼女は次第に疑問に思う様になる。それは、本当に音楽の力と言えるのだろうか?単に音楽を通して人を洗脳しているだけではないのか? もし音楽の魔法を使わなければ、果たして聴衆は今まで同じ様に彼女の音楽に感動し、評価してくれるだろうか?」


 くすり、と雲雀は微笑む。


「それを試す勇気は彼女にはなかった。彼女は音楽を辞めて元の世界に戻る事はもはや出来ず、音楽の魔法の使用もやめられず、自分に疑問を抱きながらも異能を使い続けるしかなかった。彼女の音楽への気持ちも、彼女自身も、少しずつ歪んでいった。私は隣でずっとその様子を見てきたわ。だから分かるの。そう――」


 ――異能は人を歪ませる。


「生まれながらにして異能を持つ貴女はどんな人生を送ってきたのかしら。きっと貴女と同じ世界が見える人間は、表には一人もいなかったでしょうね。貴女の気持ちはお友達には分からない。家族にだって分からない。いえ、そんなものはむしろ貴女自身の手で壊してしまったかもしれないわね?」


 爪が食い込む程に強く拳を握った手には、じっとりと汗が滲んでいる。


 強い風が苑緒の身体を叩く。


 その度に過去の忘れられない映像が蘇った。


 父の不倫、冷え切った家庭。そして――


 千代。

 いなくなってしまった。

 私はまだ何も謝っていないのに。

 私の前から消えてしまった。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 もう一度だけでいい、会いたい。

 会って話がしたい。

 そんなつもりじゃなかったのだと。

 でももう会えない。

 口から零れた言葉は二度とは戻らない。

 だからもう永遠に、取り返しはつかないのだ。


「貴女の能力はそこではただの異常でしかない。意図せず人を傷つける事さえも有りうる、ただただ危険なだけの異能。人に関わる事をやめよう。彼らは貴女とは別の世界に生きているのだから。貴女は異常な世界に独りぼっち。貴女は化け物としてしか見られないのだから」


「やめて――」


 耳を塞いで首を振る。何も聞きたくない。


 千代の恐怖に満ちた顔が苑緒の脳裏によぎる。


 やめて。そんな目で、私を見ないで――


「どこにも貴女の居場所なんてない。三条蓬子を助けても、帝都の表に戻っても、貴女の帰る場所なんて何処にもない。貴女の帰りを待っている者はいない。また独りの日々が始まるだけ――どう? 合っているかしら?」


「お願い――やめて――」


 平衡感覚を失い、苑緒は膝を突く。倒れた事にさえ直ぐには気が付かなかった。膝から痛みがじわりと広がってきてようやく分かった。


 瞳が熱い。


 呼吸が出来ない。


 ――私は、泣いているの?


 指先に零れた落ちた涙を見て、苑緒はようやく気付く。


「ねえ苑緒さん。この世界に貴女の居場所はない。それなら――」


 雲雀の声だけが草原に響く。


 何故かそれが、苑緒には優しく聞こえた。


「世界を、ひっくり返してみたいと思わない?」

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