45 眠りの森
さらに進むと完全に建物が消えた。代わりに木々が見られる様になった。進むほどに生い茂っていて、木漏れ日もあまりない。薄暗い林道である。道は半ば枯れ葉に埋まっていて、踏みしめる毎に足下が沈んでいく感触がした。
ざくり、ざくり――と歩みは進む。
その度に心中を言い様のない不安が覆っていく。
気味の悪い道である。
「この森はね――」
後ろを振り返らず、淡々と歩みを進めながら雲雀が言う。
「眠りの森。そう呼ばれているわ」
このまま進んでいけば、もう戻って来られなくなるのではないか。そんな予感が頭から離れない。雲雀のさほど大きくもない背中を見ながら、逃げ出さない様に自分を抑えるだけで精一杯だった。
先程の、雲雀と初めに相対した時の勇気は、既に萎えかけている。あれほど極まった緊張感と集中力は、元々長時間に渡って維持出来る様なものではないのかもしれない。
もしかすると、雲雀はこれも計算して全てを語らずに黙って苑緒を案内しているだろうか。間を置き、場所を変え、苑緒の心に不安と不信を這い寄らせるために。
「眠りの森――」
「表の帝都が変わっていくのと同時に裏の世界も急激に変質していったわ。でも、この森は裏側の世界が生まれた時から、何も変わっていない。『彼女』がずっと変わらない様に――ね」
「彼女――?」
その時不意に、視界が一気に開いた。森を抜けたのだ。
周囲を木々に囲われた、小さな草原だった。差し込んで来る秋の太陽の光に、すっかり暗さに慣れ
ていた苑緒の目が眩む。膝程までに伸びた草が風に流されて、波の様にそよそよと揺らいでいる。
そしてその中心に、古い塔があった。
石造りであるが随分古い。表面には苔がこびり付き、所々ひびが入っているのが遠目にも分かる。大きさはかなりのものだ。帝都の新しいビルヂングに等しいくらいはあるだろう。
「ねえ、苑緒さん――」
塔をじっと見上げていた雲雀が不意に口を開いた。
「貴女の異能は何かしら?」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
「何を――」
「いいえ、答えなくても構わないわ。貴女の異能が何なのか、興味があるのは事実だけれど。貴女は異能を所有している。帝都の表側で生まれ育った人間でありながら、ね。それだけで十分よ。それだけできっと――」
――十分、貴女は歪んでいるから。
苑緒の心が乱れるのを、感じる。
振り向いた雲雀はやはり笑顔だった。どこか楽しげで、邪気がなく、まるで子供の様な。
悪魔はもしかしてこんな風に微笑むのかも知れない。
そんな笑顔。




