42 犯人
「お前も表に来て平然と異能を使っている様に見えるが、それは構わないのか?」
花房が冷静に指摘する。
環は痛いところを突かれた、とばかりに苦笑する。
「私が表に来たのは雲雀を見つけて連れ戻す為です。これははっきりとした大義名分があるので禁忌にはあたりません。異能の使用については――本当は駄目です」
「おい」
衝撃の告白である。
「まあでも現実的に考えて、異能を使わずに雲雀を見つけるなんて不可能ですし、別に禁忌だからといってそれを破って誰が咎めるわけでもない――というか咎める本人が私ですし。そこは柔軟に考えましょうよ。ね?」
そう言って可愛らしく小首を傾げる。あまりにも身勝手な理屈に明神は呆れたが、手段を選ばないという意味では理解出来なくもない。それでも納得はいかないが。
とりあえず裏が如何にいい加減なのかも少し分かった。
「結論から言ってしまうと、織川苑緒も異能者です。彼女は『他人の嘘を見抜く』という能力を持っています。表側の人間が、雲雀に貰うでもなく異能を持っているのは非常に稀有な例です。だからこそ、彼女は雲雀に狙われる可能性がありました。それで、因果の力を利用して彼女を誘導し、雲雀が来られないであろう帝都の裏側まで連れて行ったのですが――」
環はそこで言葉を切る。溜め息を吐きながら、何か言いたそうな目で明神と花房を睨んだ。
「花房さん達のせいですよ?」
「はあ?」
予想外の発言に、花房も明神も同時に声を上げる。
「雲雀は裏側には戻れないはずだったのです。正規の出入り口は私が式で封印していましたし、それ以外の抜け道は偶発的にしか発生しません。いつどこで現れるか分からない物を利用するのは無理です。私は因果を視る力があったので『夜中にピアノを弾いて幽霊の噂を流せば、織川苑緒が裏側への抜け道が発生する夜の桜ヶ崎女学院の音楽室にやって来る』という結果を導き出す事が出来ましたけど、それは雲雀には不可能な事です。だから、織川苑緒を帝都の裏側に連れて行けば、雲雀と遭遇するなんて有り得ないはずだった」
「それが何で俺達のせいなんだよ」
「花房さん達と校門前で一戦交えたでしょう? 正直言って、あれはかなり辛かったのですよ。そもそも花房さんに捕まって、因果が不発に終わりそうになったのが一つ。まあそれはいいです。何とか間に合いましたから。だけど、式を酷使したために、正規の出入り口の封印が弱まりました。きっとあの時、雲雀は神津深雪を通して私達の様子を覗いていたのだと思います。雲雀も元同僚ですし、私と同じ様な式が使えますからね」
確かに、神津邸には結界式が張ってあった。屋敷が落成した時の神事の名残か何かと思っていたが、あれは雲雀が張ったものだったのか。
そして何となく、環の言いたい事が分かってきた。理解と同時に、明神も花房もげんなりとした顔になる。
「弱っている隙に封印を破られたわけか。俺達は逃げられた時点でお前を見失ったが、奥山雲雀の監視式の追跡は振り切れておらず、音楽室で織川苑緒と三条蓬子を裏側に連れ込む所までしっかり見られた、と」
それはまた、とんだ大失敗である。環が暗い顔で溜め息を吐く。
「まあ、監視式については封印を破られてからやっと、もしかしたらと推測しただけですけどね。でも多分、そういう事なんでしょう。だから雲雀は今、裏側にいます。そうしたら、織川苑緒も三条蓬子も、きっと危険な目に遭います」
そう言って、環は深々と頭を下げた。
「とても恥ずかしい話なのですが、どうも私は表の人間の心の動きというものがよく分かりません。雲雀の方は、人間以上に人間の心を熟知しています。私が表の社会に潜り込んだのは結構最近ですが、雲雀の方は五年間、表に溶け込んで暮らしてきた違いもあるのかもしれませんが――」
確かに明神も、環に価値観や思考のズレというのは感じている。いくら織川苑緒が狙われているからと言って、帝都の裏側に連れ込むのはどうかしていると思う。
本人の言うとおり、表での時間が短いというのもあるかもしれないが、もしかすると環の因果を視る能力そのものが理由の一つではないだろうか。
風が吹けば桶屋が儲かる――常人には本来不可視である大きな因果関係が見えてしまう彼女は、それ故に、能力抜きで論理的に導き出される小さな因果を考えて行動するのが苦手なのかもしれない。だから結果的に、雲雀に出し抜かれる事になるわけだが。
「だから私は、花房さん達に手伝って貰いたいのです。花房さん達の実力は、十分に承知していますから」
環が言った。期待に満ちた眼差しである。
さて、花房はどう答えるだろう? そう思って明神は花房を見やる。花房はしばし思案に暮れていたようだが、やがて口を開いた。
「神津深雪と奥山雲雀のいる場所に、案内して貰えるんだな?」
「ええ、勿論。彼女達は今、帝都の裏側にいます」
花房はしばし考え、そして言った。
「よし、いいだろう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
環は顔を輝かせたが、明神は意外だった。環の話の全てが出鱈目だと思っているわけではないが、とても信用出来るとも思えないのだが。
「どうしてですか?」
明神の問いかけに、花房はまた無表情のまま応じない。珍しく、言葉を選んでいる様子だ。煙草を取り出して、火を付けてから言った。
「こいつの話が信用ならないのは確かだ。が、今はそれ以上に――神津直が間違いなく自殺だったという事実の方が重要だと判断した。だとすると、こいつの話も、俺達と敵対する気はないという点に関してはそこそこ信用出来る。だが一方で、俺は神津直は自殺なんかじゃないとも考えている。動機がまるで無い上に、場所、タイミング、深雪や雲雀といった周りの人間の行動――とても自殺とは思えない」
まるで矛盾した事を言ってから、煙草を咥え、煙を吐き出す。
「おそらく、例の異能を使ったんだろうな。昨夜の様子を見た限りでは、きっと対象者を自殺させるなんて事も可能なのだろう。勿論証拠は何も無い。だが、一度話はつけなければならないだろう」
花房は淡々とした口調で続ける。
「神津直を殺したのは、神津深雪だ」




