41 神隠し
「は?」
この目で見た? そんな馬鹿な話があるものか。明治維新はもう五十年以上も前の事になる。
目の前の少女はどう見ても十代だ。
「実は私、正確には人間ではないのですよ」
そう言って環は自らの胸元に手を当てた。
「私は帝都の裏側の管理人と呼ばれる存在です。主に帝都の表と裏側の人の出入りを管理しています。だから人間ではありません。表の人間風にいうと――神様、ですかね? まあそんな大したものでもないですけど。だから歳を取りません。生まれてからずっと、私はこんな容姿でした。何時生まれたのかも覚えてないですけど」
話がどんどん現実離れしていく。
これが思春期の少女特有の妄想であったなら、どんなにいいだろう。
今まで噂程度でしか耳にした事がなかった帝都の裏側という世界が、目の前にあるのだ。
明神の中の常識で引かれた線が後退していっているのを感じる。遠野文に師事しているからには元々常人よりはかなり後ろ目に引かれていたであろう線も、今や遠い。
「もっとも、殺されたら死にますし関節極められたら痛いです。歳を取らないだけで普通の人間とそこの所はあまり変わりません。これでも女の子なのですから、もう少し丁寧に扱って下さいね。泣いてしまいますよ?」
花房に対して念を押す。歳を取らないというのはとてつもない相違点なので、とても普通の少女と変わらないとは言えないだろうけど。
「そんな事はどうでもいい。続きを話せ。そんな管理人が何故こっちで女学生なんてやっているんだ? 神津直の件から関わりがあるんだろう」
しかし花房も冷たい。依頼人とその関係者と話す時の懇切丁寧な花房よりは、明神や文といる時のぶっきらぼうで不作法な花房に近い。
別に昨日の事を根に持っているわけではないだろう。単にこちらが花房の素なのだ。
「ええ、そうですね――」
しかし無視された環は悲しげである。自業自得とはいえ、少し哀れだ。
「それで神津直という男が帝都の裏側にやって来ました。時々、こうやって表の住人が裏に迷い込んでくるのはあります。あくまで裏側は帝都と地続きな存在であるので、正式な出入り口はきちんとあるのです。しかし、それとは別に空間の歪みが自然発生して、そこに落ち込む事が稀にあります。神津直の場合もそうでした」
「表でいう、神隠しってあるじゃないですか。幼子が突然いなくなるといったような。その正体はそれ、という事でしょうか?」
環は曖昧に首を振る。
「全く無いとは言いませんが、大体は単なる失踪か事故か誘拐だと思いますよ。表で起きた、表で完結する問題です。何故なら、表から裏に迷い込んで来た人は私が無事に送り返して来たからです。それが管理人としての私の――いえ、私達の仕事でしたから」
「私達?」
「ええ、私達です。瀬川環と――奥山雲雀のね」
奥山雲雀も帝都の裏側の管理人の一人だったのか。それで雲雀と環はお互いの存在を周知していたのだ。
「僕は神津直がある日、奥山雲雀を連れてどこからか帰って来たと聞いています。雲雀さんは裏側の管理人、遭難者である神津氏を送り返すのが職務なのですよね? それなのに、一緒に表にやって来て、あまつさえこちらでメイドとして雇われるなんてどう考えてもおかしい。しかも、雲雀さんは自分の事を罪人だとすら言っていたそうです。これはどういう事なのでしょうか?」
淡々と話していた環の表情が憂いを帯びた物になる。
「以前から、雲雀は表の世界に興味を持っていたようでした。御維新後からは特に」
江戸時代以前から裏の世界を知っていた二人なのだから、これ程急激な変化をもたらした表側がどうなっているのか、興味を覚えるのは無理からぬ事かもしれない。
「雲雀は神津氏が迷い込んで来たのが好機だと思ったのでしょう。彼を送り届ける時に、裏から脱走します。その時同時に、とんでもない事をやろうとしていた形跡があるのですけど、そちらも一から話すと長いので後ほど話します」
「裏の人間が表に行く事は、やはり禁忌なのですか?」
環は頷く。
「ええ――まず、裏の人間の多くは表の人間にはない異能を持っています。そんな存在が表側で堂々と活動したら、きっとこちらの社会に大きな影響を与える事になりますから」
確かに、苑緒の因果を視る能力も、雲雀の異能を与える能力も、使い方次第では世の中に大きな混乱を巻き起こす事になる。
特に雲雀の方はまずい。
音楽の魔法の様な強力な異能を、誰彼構わずばらまくだけでこちらの世界はきっと滅茶苦茶になるだろう。




