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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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40 裏側②

「う――」


 環の表情がやや強ばる。昨日の今日でここまで調べられているとは思わなかったのかもしれない。しかし、昨夜聞いた環自身が漏らした情報から、桜ヶ崎女学院の生徒に何かあったのではないかと推測するのはさして突飛な発想ではない。


 今朝、警視庁にいる花房への情報提供を行っている刑事に、昨日依頼した神津直の事件について確認した時の事だ。本題のついでに、昨夜桜ヶ崎女学院の生徒で何らかの事件に巻き込まれた可能性がある生徒はいないか聞いてみた。


 すると、案の定であった。


 三条蓬子と織川苑緒という生徒二名が、部活動で天体観測をするために学校に居残ったのを最後に家に帰っていない。


 特に三条蓬子は伯爵令嬢という事で、関係者が色めき立っているらしい。


 しかし今もまだ行方不明のまま、という事であった。


 これが昨日の環と、無関係だと思う方が難しい。回答次第では、神津直の件は別にしても明神らとは敵対せざるを得ない。


 明神も花房も、特に正義感に溢れている類いの人間ではない。二人とも、そういう社会通念や倫理よりも自らの目的遂行を優先する。


 だからそのためならば多少汚い事があっても目を瞑ったり、時には女子供を痛めつけたりもするだろう。花房などは特にそうだ。


 だから別に正義漢ぶるつもりは毛頭ない。しかしそれでも、超えてはならない線は引かれているし、あえて悪人に荷担しようとも思わない。


「そうですね――。お仲間になって貰えるならお話ししようと思っていたのですが、それは虫がよすぎましたね。分かりました。お話します」


 環はそう言った。言い逃れや誤魔化しではない。自分の行った事を認める言葉だった。


「織川苑緒と三条蓬子の事ですが。とりあえずこれは、ただ信じて欲しいとしか言いようがないのですが――私は彼女達を帝都の裏側に連れて行きました。でもそれは、彼女達――といいますか、織川苑緒を保護するためです」


「保護、ねえ」


 花房が疑わしげな目付きで環を見る。環自身もそこは痛いところであるのだろう。居心地が悪そうに身を捩る。


「とりあえず、私の話を聞いて貰えますか?」


 花房は無言で頷く。


「事の起こりは五年前になります。一人の男性が帝都の裏側に迷い込みました。ご存知でしょう。彼の名前は神津直、花房さんの依頼人である宮元正の叔父であり、音楽の魔法使い神津深雪の父親です」


 環はゆっくりとした口調で語り始めた。五年前の事については明神も深雪から一部は聞いていた。神津直がある日、行方不明になり、帰って来た時には見知らぬ少女を連れていた。


 それが、始まりなのか。


「神津氏が帝都の裏側――という所に行ったらしい事は俺も聞いている。知りたいのは、帝都の裏側とは何か、そして彼がそこで何をしたのか、だ」


「裏側――という概念を一言で説明するのは困難です。異世界でありながら現世と地続きであり、記憶でありながら現在でもあり、夢でありながら現実でもある。この辺りの都市が生まれ育つまでに生じた歪みや塵、忘れられた記憶――そんなものを一カ所に寄せ集めて形作られた世界です」


 よく分からない。とりあえず闇鍋の様にごちゃごちゃしているらしい事だけは分かった。


「維新前は存在しなかったのですか?」


「いえ、江戸どころかもっとずっと――遙か大昔から存在していました。しかし、今程ではなかったですね。もっと漠然とした場所でした。御維新からです。東京が急速に発展していくと同時に裏側も一気に変化していきました。建物が生まれ路が出来、街灯が立ち、裏側ははっきりと都市と言えるほどのものに成長しました。以前は西洋風の建築なんてまるで無かったのですよ」


 江戸時代なんて昔の話を、まるで見てきた様に言うな、と思った。そんな明神の顔を見て、環はにこりと微笑んだ。


「ええ、私――これらの出来事を全部この目で見てきたのです」

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