表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
40/180

37 珈琲

「お前、昨日自分が何をしたのか忘れたのか?」


 言われて環は苦笑する。


「私だって必死だったんですよ。これから大事な仕事があるっていう時に見知らぬ殿方とえげつない音楽家が三人して――ああ、そんな獣を見るような目で見ないで下さい。本当に傷つきますよ?」


 環は本当に悲しげに項垂れた。しばしその姿を眺めた後に花房が口を開く。


「昨日は大事な仕事とやらがあったから俺達の相手が出来ないために襲いかかったが、今はそれが済んだから危害を加えるつもりはない――か?」


「ええ! ええ! 分かって貰えましたか!」


 どことなく芝居がかっている気がする。演技かもしれない。花房は溜め息を吐く。


「明神、珈琲を淹れてこい」


 その言葉に環が顔を輝かせる。一方の明神は、何を言っているんだこいつは、という表情を隠しもしない。


「本当ですか?」


「ああ、二度言わせるな。それからお前、それは俺のデスクだ。勝手に座るな。客用のソファーはあっちだ」


 花房はソファーを指差す。環はそれに大人しく従ってソファーの腰を降ろす。


「本当ですか?」


 明神はもう一度尋ねたが、花房は応えない。花房もソファーに腰を降ろしたが、環が襲いかかってくる様子はない。


 知りませんからね、と心中でもう念を押してから、明神は棚から珈琲豆を取り出した。


「珈琲飲めるんですか?」


 それとなく環に声を掛けてみる。


「ええ、私――大好きです」


「それは良かった」


 それでも明神は警戒を解かず、いつでも防護用の式を使えるよう用心しながら、来客用のカップに珈琲を淹れた。


「良い香りですねえ」


 環は珈琲の芳香を楽しみながらカップに口をつける。


 明神と花房はその様子をじっと睨んでいる。


「それで――」


 環の言葉を待たず、花房が口火を切った。


「何のつもりだ?」


 環はしばし視線を宙に彷徨わせる。今度は茶化すつもりではないらしい、本当に言葉を選んでいるのだ。


「まず、昨日の事は謝ります。てっきり花房さん達が私を襲いに来たのかと思ったので、私も必死だったというのは本当です。謝って許して貰えるかは分かりませんが――申し訳ありませんでした」


 そう言って環は深々と頭を下げた。その様子に明神は戸惑いを覚える。


 一連の事件の黒幕と目されていた少女から、こんな殊勝な態度を取られるとは、まるで予想していなかった。


「襲いに来た――か。今はそうではないという事か?」


「あの時、私は花房さん達を見て、奥山雲雀か神津深雪に雇われた者だと思っていたのです」


 花房達を見て――というのは、昨夜の女学校前の遭遇ではなく、神津邸で影を通して花房達を見た事も含めて言っているのだろう。


 確かに、あの状況だけを見ればそう思うのも無理がないのかもしれない。事実は少しだけ異なっているが。


「違うな。俺の依頼人は別にいる」


 その言葉に環は頷く。


「宮元正氏が正式な依頼人のようですね。依頼内容は神津直の死の原因の調査、ですか――ああ、答えなくていいですよ。そこはおいそれと明言するわけにはいかないでしょうから。ともあれ、私はあの後、個人的に調べさせて頂きました」


 だったら、何だというのか。花房の依頼内容がそれだとしたら、環の立場が変わるとでもいうのだろうか。


「そうであるなら、私が花房さん達と敵対する理由はないんですよ。ああ、神津の娘とメイドにほだされたというなら話は別です。そうだったなら私は今すぐここから逃げないとまずいのですが、そうではなく、ただ依頼に忠実だというのならば――」


 花房は目を細めて言う。


「つまりお前はこう言いたいわけだ。――神津直を殺したのは自分ではない、と」


「――流石です」


 環は微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ