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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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36 訪問者

 日本橋、花房探偵事務所前の裏通りにタクシーは停まった。


「どういう事なのでしょうね?」


 車から降りた明神は誰にともなく呟く。


 翌朝、神津邸に向かった明神と花房を、出迎える者は誰もいなかった。


 神津邸には奥山雲雀はおろか、神津深雪すらいなかった。完全に無人、蛻の殻だった。仕方なく、花房達は日本橋に戻ってきたのだ。


「あの後、何かあった――と考えるべきでしょうか」


「そうなんだろうな」


 花房は不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。現状の心配や謎よりも、無駄足を踏まされた事そのものが不服らしい。


 こんな事なら、昨夜深雪を帰すべきでは無かったかもしれない。それとも明神が同行すべきであったか。


「と、言っても式が使われた形跡はなかったんだろう」


「はい」


 明神がいくら調べても、式が使われた形跡も屋敷の結界が破れた様子もなかった。


「つまり、彼女らは何者かに襲われて何処かに連れ去られたよりは、自分達の意思で何処かへ雲隠れした可能性の方が高い」


 そして車庫には昨日深雪が運転していた車が置いてあった。少なくとも、深雪は一旦無事に屋敷に帰り着いたのは間違いないのだ。


「とにかく、今後の事を考えないとな」


 今後の事というと、恐らく今日は再び環を探すという事になるだろう。


 雲雀と深雪がどこにいったのか見当もつかないのに比べて、環は桜ヶ崎女学院の生徒らしい事が明らかで、かつ明神の式で昨日と同じ様に彼女を追跡する事が出来る。


 そして今度こそ、環を捕まえる。


 これが、自分達が次に打つだろう手立てだった。


 一応今日も花房に同行する事について遠野文の許しは貰っているが、あまり長引くようだと本業に戻らなければならなくなる。今更一抜けするのも気持ちが悪いので、出来れば最後まで付き合いたいと思っているのだが。


 花房が事務所のドアに手を掛けた。ドアが普通に開いた。花房が怪訝な顔をする。


「開いてるな」


「開いてますね」


 記憶は曖昧だが、出る時に鍵は――掛けていた様に思う。


 二人は警戒しながら事務所の中に入った。


 異常は直ぐに見つかった。


「あ、お帰りなさい」


 花房のデスクに一人の少女が我が物顔で座っていた。見覚えがある桜ヶ崎女学院の制服を着た、銀縁眼鏡を掛けた小柄な少女。


 瀬川環が二人に柔和な微笑みを見せた。


「お前!」


 明神と花房が同時に身構える。明神は懐に手を入れて昨夜用意した式神を手に取った。


 そこにいるのは間違いなく瀬川環だ。昨夜の襲撃が明神の頭をよぎる。


「これは先手を打たれたって事でいいでしょうか?」


 明神の呟きに環はにこりと微笑む。


「鍵は掛けていたはずだがな?」


 花房の言葉に応じる様に、環の影がゆらゆらと動いた。それで、何とかしたという事だろうか。明神の式神はそんなに便利ではない。別に不満があるわけではないが、何となく理不尽である。


「――何の用だ?」


「私、これでも約束は守る方なのですよ?」


「約束? 覚えが無いが」


 花房の言葉に環が不服そうに頬を膨らませる。


「酷いですねえ。またお会いしましょうって、言ったじゃないですか」


 そう言って、環は懐から何やら紙切れを取り出した。


 花房の名刺だ。花房が環を睨み付ける。


「どこで手に入れた?」


「昨日揉み合った時に拝借しました」


 環はまるで悪びれる様子がない。とてもじゃないが、十代の女学生と相対している気はしない。いや、そもそも人間と話をしている気が、しない。


 花房と明神はじりじりと距離を取る。


「ああ、そんなに警戒しなくてもいいですよ。別に私は花房さん達に危害を加えるつもりはありませんから」

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