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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
36/180

33 後輩

「――――っ!」


 苑緒は声にならない悲鳴を上げる。心臓が止まるかの様な驚愕。抱きついてきた手を払いその場に尻餅をつく。


「ここは人ならざる者の住まう場所よ。こんな所に一人でいるだなんて、お姉さん感心しないなあ?」


 そこにいたのは一人の少女だった。年齢は苑緒とそう変わらない。黒を基調としたメイド服を着ていて、黒目がちな瞳と悪戯っぽい気配が、まるで彼女を気紛れな黒猫の様に見せている。


「あはは、ごめんなさい。驚かせちゃった?」


 呆然としている苑緒を見て彼女が笑う。


「安心して、別に取って食おうなんて思ってないわ。でも、貴女に興味があるの。とってもね」


 そう言って彼女はにやりと笑い、苑緒にすっと手を差し出した。

 今の言葉に嘘はない。


 苑緒はその理解を土台に何とか冷静さを取り戻そうとする。心臓はまだ早鐘を打っているが、少なくとも今はまだ身の危険は無い事を自分に言い聞かせる。苑緒は彼女の手を取らずに自力で立ち上がった。


「何ですか一体――」


 彼女はさっき、苑緒の事を『見つけた』と言ったか? となれば当然、苑緒の事を探していた事になる。


 何故? 誰?


 疑問符が頭の中をぐるぐると回っている。


「いや、環の可愛い後輩がここにやって来たらしいから、どんな娘なのかなと思って。環の事だから多分、因果を視る能力で自然発生する穴を見つけて、それを使ったのでしょう? きっと裏側のどこかにいるはずだとは思ったけど、やっと見つけたわ」


 言っている事はよく分からない。ここを知っている者にとっては自然な発想なのかもしれないが、苑緒の知る由ではない。


 しかし、環――


 その名を聞いて苑緒は警戒を露わにする。攻撃的な目付きで彼女を睨み付けた。しかし彼女は全く意に介す様子はない。今の言葉にも嘘は見られなかった。彼女は環を知っているらしい。


 ならば、考えろ。完全に冷静さを取り戻した苑緒は自分にそう言い聞かせた。


 蓬子を助けられるのは自分だけだ。それは何も変わらない。


 苑緒に出来る事は何だ? 自分の何が他人より優れている?


 彼女とは会話が通じるらしい。ならば、発言の真偽が分かり、情報の白黒を確定できる苑緒は、きっと常人より多くの情報を彼女から抜き取れる。


 彼女は何者なのか、敵なのか味方なのか。


 苑緒は決して洞察力の鋭い方ではない。いや、ある時を境に他人に対して深く考える事を止めたのだ。


 その苑緒が自分の意思で、かつ積極的に能力を使おうとしていた。


「――先輩を知っているのですか?」


「ああ、うん。昔の――友人よ」


 少し歯切れが悪いがこれも嘘ではない。昔の、という言葉が少し気になる。わざわざそう言うという事は、今はそうではないのだろうか。


 ではどういう関係であるのか? 友人関係がそれ以外の間柄になるとして、考えられるもの。恋人、同僚、そして絶縁。蓬子が以前に、女性同士の恋人に近い間柄をエスというとか何とか言っていたが、考慮するには当たらないだろう。同僚――にしては今の言い淀む感じが気に掛かる。きっとプラス方面への切り替わりではないのだ。


 そしてさっき彼女は、環の後輩がここに来た『らしい』と言った。伝聞である。少なくとも環から直接話を聞いたわけでは無い。


 彼女と環は、良好な関係ではないのだ。


 苑緒はそう結論付けた。


 敵対――とまでいっているかはまだ分からない。そして環の敵だからといって苑緒の味方と言えるかもまた不確定だ。

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