30 往来
「それは――」
深雪の瞳にためらいの色が浮かぶ。話しづらい事なのだろう。
「貴女はある日、音楽の魔法を手に入れた、と言いましたね。先程の演奏を見ても、ただの才能の開花では済まない、明神の陰陽札に近い常識を超えた何かです。それと、関係があるのでしょうか?」
「そう――です」
深雪はためらいがちに、しかし確実に言葉を口にする。
「私の能力、音楽の魔法は――雲雀から貰ったものなんです」
「貰った?」
意味が分からない。才能は物ではないのだから、渡したり貸したりという事が出来るはずが無い。何かの比喩だろうか。
「いいえ、言葉の通りです。奥山雲雀は、人に異能を与える事が出来る――そういう能力を持っているのです」
「まさか――」
「だから私は天才少女でも何でもないのです。ただ他人から貰った能力を使っているだけ。本当の私は少し人より音楽が好きなだけの――ただの凡人なんです」
深雪はそう言って自嘲する様に微笑んだ。その姿はどこか寂しそうに花房には見えた。
「もう一度聞きます。奥山雲雀とは――何者なのですか?」
その問いに、深雪は息を呑む。まるで決して触れてはいけない事に触れてしまった様に。
「奥山雲雀は、帝都の裏側で生まれた存在なのです」
深雪の声は、少し震えていた。
「裏側――」
明神が昼間にそんな単語を口にしていた。
確か、あの影は帝都の裏側に存在する物であると。瀬川環と奥山雲雀がその裏側の関係者だというのなら、おかしな能力を持っているらしい事も説明がつく――か?
そもそも花房は帝都の裏側なるものがよく分からないのである。
「帝都の裏側とは何なのでしょう?」
「表の世界とは何もかもが違う。異世界だと聞いています。私も実際に行った事はないし、断片的な思い出話をいくつか聞いただけで、詳しく説明された事はないのですが――そこにいる者の多くは、普通の人間にはない特殊な能力を持っているそうです。例えば、因果が見える、音で人の感情を操れる、名前を呼んで返事をした相手を小さく出来る――といった、世の中の法則をまるで無視した異能です」
「では、さっきの――瀬川環も裏側の人間なのでしょうか」
「おそらく――」
「そして雲雀さんの事も知っている」
深雪は頷く。
「雲雀は、今から五年前に父が帝都の裏側から連れて来たのです」
「その時の事を詳しく話して頂けますか?」
大体、先程深雪から聞いた身の上話は、雲雀の振りをした深雪が、中途半端に主観的な形で自身の事を語るという非常にややこしい物だった。だから深雪の情報と雲雀の情報が入り交じっていてとても分かりにくい。
まずそのあたりの事情は整理しておきたかった。
「私がデビューする以前の父は作曲家でした。五年前も、そうです。もっともあまり高い評価は受けていなかったそうですが――父は作曲が煮詰まると誰にも告げずにふらりとどこかへ行って帰ってこなくなる、という事が度々ありましたが、この時は少し様子が違っていました」
「と言うと?」
「ふらりとどこかへ行く――といっても別に海外に行ったり砂漠をうろついたりしている訳ではないですから、ある程度、父がいそうな場所は、周りの人間も心得ていたのです。ところが、この時ばかりはどこを探しても見つからなかった。結局、一週間ほどで父は帰って来ました。しかし、誰が尋ねても、どこで何をしていたのか答える事はありませんでした。その時、一緒に連れて帰って来たのが――」
「奥山雲雀、ですか」
深雪は頷く。
「何も言わずに父は雲雀を雇いました。他の使用人も訝ってはいたようですけど、誰も取り立てて追求しようとはしませんでした。雲雀は何を考えているのかよく分からないという印象はありましたけれど、仕事の覚えは早く、人間関係に波風を吹かせる様な事もありませんでしたから。素姓の不確かさも、次第に誰も気にしなくなりました。でも、ある日、雲雀が私に声を掛けたのです」
――貴女には、特別な才能があるわね。
と。




