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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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29 質問

 何とか瀬川環は退けたらしいが、それで一件落着とは全く言えない状況である。むしろ考えるべき事は大量に増えたと言っていい。


 さしあたり、神津深雪には聞かなければならない事がある。本人の態度は神妙で、もう何でも話す気にはなっているようだ。


 とはいえ、路上で話し込むわけにはいかないし、今の時間帯ではカフェーもいかがわしい類いのものしか開いていないだろう。そういうわけで、花房探偵事務所に三人は移動した。


 昼過ぎに出掛けて夜戻っただけに過ぎないのだが、帰ってくるのは随分久しぶりのようで、散らかった事務所が妙に懐かしく感じた。


 たった半日の間に色々あったものだ。これでもまだ、今日の一日は終わっていない。


「どうぞ、こちらにお掛けください」


 昼に宮元が座っていたソファーに深雪は腰掛けた。


 元々気が弱そうだった深雪だが、今はさらに縮こまっている。


 雲雀と偽って花房達を騙していた事を責められると思っているのだろう。


「別に責める気などありませんよ。そんなに身構えないで大丈夫です」


 深雪の緊張をほぐすために花房は笑顔で言った。


「でも、きっと探偵様は女子供にも容赦のない方だと先程――」


 それを聞いた明神が吹き出す。


「花房さん、さっきの戦いで怯えられてますよ。仮にも女の子に加減しないから」


「そんな事言っていられる状況じゃあなかっただろうが」


 花房が不満げに吐き捨てる。


「お陰で本当に誰が悪人だか分かりませんでしたからね。まあ、それを利用されてまんまと逃げられたわけですが」


「お前も悪人の一味だろ」


「否定できませんね。ともあれ、一味の一員としてお礼を言いますよ深雪さん。貴女のおかげで助かりました」


 明神は深雪に頭を下げる。深雪は慌てて首を振る。


「そんな――私は――」


「僕達を騙そうとしていた?」


「はい――」


 深雪は項垂れる。


「そんな気にする程の事でもないですけどね。それにしても、最初に僕達を案内していたのが雲雀さんで、入れ替わっていたのを元に戻すふりをして、目の前で堂々と入れ替わったんですね。驚きましたよ」


 明神は騙されて腹が立つと言うよりも、むしろ感心した様子だった。


「でも探偵様は気づいていらしたのですね」


「ああ――」


 特にこれといった決め手があったわけではない。勘と言ってもいいかもしれない。ただ、道を歩く途中で話していた神津深雪の身の上話が、話すのに夢中になっていくにつれて、徐々に自分自身を語っている様な口振りになっていた。


 元々深雪は嘘が上手な性格ではなさそうである。雲雀を演じながら他人の様に自分を語るのは少々荷が重かったとみえる。


「深雪さんはどうも正直な性分の様ですよ。やはり長くご自分の事を語ると綻びが見えてきていました」


「ああ、雲雀にもそう言われていました。私は馬鹿正直だから――でもあえて目の前で入れ替えたのを印象づければ誤魔化せるんじゃないかって。でも探偵様の目は誤魔化せませんでしたね――」


「なるほど」


 しかし今はそんな事はどうでもいい。花房が知りたいのは方法論としての何故ではなく、理由としての何故、なのだ。


「どうしてそんな事をしたのでしょうか? 我々が信用出来なかったから、というのも理由の一つではあるのでしょうけど、そもそもの理由が分かりません。あの影に狙われているのは、貴女ではなかったのですか?」


「はい。あの影が狙っているのは、私ではありません。狙われているのは、雲雀の方です」


 一介のメイドと天才ヴァイオリニストが並んでいれば、狙われているのは後者だと、先入観で決めつけてしまう。しかし、メイドがただのメイドでないのならば、話は全く変わってくる。


「狙われているのは雲雀さんの方だから、深雪さんが結界に守られた屋敷から出て行っても問題はなかったわけですか。あえて私達の目の前で入れ替わったのは、雲雀さんの素姓を隠すため――ですね?」


「仰るとおりです。申し訳ありません。私はあの時まだ、探偵様を信用する事が出来ず、あの様な事をしたのです」


 狙われているのが有名人の深雪ではなく、雲雀だという事が知れれば、絶対に花房達はその理由を知ろうとするに決まっている。


 それを避けたかったのだ。


「雲雀さんは、何者なのですか?」


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